第256話:少林寺へ
「彼の会社のアバター生産技術は、世界でも 群を抜いている。だからこそ、私とも限りなくシンクロ率を高められるの」
「夢華さんとは、パートナーとして、親密に取り組ませて頂いています」
アレクの片方の眉がピクリと動く。
――あ、たぶん、なんか誤解している気がする。
アレクのためにも、敢えて聞き返してみる。
「あの、パートナーって……どういうタイプの?」
夢華が、『あんたバカ?』とでも言いたげに、こう言い切った。
「ビジネスパートナー以外に、何があるっていうのよ?」
アレクが、隣で明らかに胸を撫でおろしている。
反対に、建峰の顔に、少し残念そうな表情が浮かぶ。
なんだか、三角関係の予感が漂ってきた――。
けど、今のわたしに、これ以上ややこしいことに関わっている余裕はない。
わたしは、単刀直入に夢華に切り込む。
「もし仮に、残り二つの要素……つまり、増幅器とアバターが一緒だとして、今のわたしと、夢華の間にどれくらいの差がある? ぶっちゃけ、今のわたしに足りないものって、何なのかな?」
夢華はすこし考えて、口を開く。
「うーん、どの視点で比較するか次第ではあるわね。脳波の量なのか、伝達率なのか、あるいは身体動作のレパートリーなのか――」
「身体動作のレパートリー……?」
「ええ。高性能のアバターを使えば、生身でできる動作の強度や速度を上げることは十分可能よ。例えば空手家が、正拳突きの威力を倍増させたりね。でも、自らの脳がイメージできない動きは、どんな高級アバターでも再現しようがないの」
――脳がイメージできない動作って?
「さっきの変面なんかがいい例よ。あなたは、変面に必要な身体動作そのものを知らない。だから、いくら高性能なアバターを使おうと、リンには再現は不可能よ」
ようやく気付いた。
夢華は、そのことを体感させるために、敢えて変面を披露してくれたんだ。
しかも、十萌さんから連絡から、24時間もしないうちに、アバターに衣装、そして楽器までも用意して。
「あ、ありがとう。お……」
――お姉ちゃん、と言おうとしたけど、流石に気恥ずかしくて口ごもった。
感謝はしているけど、20年間も見ず知らずで、面と向かってお姉ちゃんと呼ぶのは、やっぱりにまだ抵抗感がある。
夢華が話を続ける。
「たぶん、あなたがスランプに陥っているのは、刀を持っていないときのの動作のレパートリーが少なすぎるからだと思う」
――た、確かに。
剣道に人生の大半を費やしてきたからこそ、反対に、刀や棒を失ってしまった時の攻撃や防御方法は、ほとんど学んできていない。
「ただ、あと一つ、根本的な弱点があるわ」
「え、それって?」
わたしは縋るような気持ちで夢華を見る。
「残念ながら、わたしには教えられない。でも、わたしがかつて修行をしていた、とある場所があるの。もしかしたら、そこでなら身に着けられるかもしれない」
夢華が修行していた場所?
――そこって、一体……。
「河南省登封市・嵩山、『少林寺』よ」




