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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第19章:中国・過去と未来の交錯地【2030年1月6日】
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第253話:中華の愉悦

挿絵(By みてみん)


「ようこそ、上海へ」


 かつて、イギリス女王からチャップリン、そして各国の首脳が泊ってきたという、上海随一の歴史を誇るホテル・和平飯店。その8階に位置する中華料理店『Dragon(龍と) Phoenix(鳳凰)』の個室に入ると、夢華が立ち上がって出迎えてくれた。


 深い藍色のチャイナドレスをまとった夢華は、その豪奢な部屋にふさわしい、凛とした美しさを湛えていた。肩から裾へと伸びる繊細な刺繍が、光を浴びてキラキラと輝いている。


「おぉ、夢華!」

 その姿に見惚れて一瞬動きが止まったアレクが、両手を大きく広げ、夢華をハグしようとする。


 まるで蝶が舞うかのように、夢華はひらりとアレクの腕をくぐりぬけ、わたしの前に立つ。

 しばらくじっとわたしの目を見て、やがてこう言った。


「どうやら、『正しい方向』に修行を積んできたみたいね。でも、少し迷いが見えるわ」


 ――わたし、本当に正しい方向に進んでいるんだろうか。

 そう聞き返そうとしたわたしに、夢華が席を進める。


「ま、何にせよ、まずは食べましょう。中国には、民以食為天(食を以て天と為す)という諺もあるしね」


「ぱんっ」と夢華が手を叩くと、ドアが開き、シェフや従業員が入ってくる。

 大きすぎると思われた円形のテーブルの上が、瞬く間に料理で埋まっていく。


「こっちが、四喜丸子(スーシワンズ)。四つの大きな肉団子で、幸福、繁栄、長寿、喜びを象徴しているの。これは、涼拌海蜇(リャンバンハイシエ)はクラゲの冷菜、醉鶏(スェイジー)はお酒に漬けた鶏肉よ。 スープは燕の巣を用意しているわ。それにこっちは小籠包(ショウロンポウ)で……」


 夢華がよどみなく説明してくれるけれど、正直、とても覚えられない。

 とりあえず、写真を撮っておいて、あとでサラに教えてもらおう。


「紹興酒は20年ものを用意したわ。あなたが生まれた歳のね」

 そういって、濃い琥珀色の液体を小さなグラスに注いでくれる。


「アレクは、赤ワインかしら?」

「ああ、覚えていてくれたんだね」

 夢華にハグを避けられて、心なしかシュンとしていたアレクが、満面の笑顔で頷く。


「ちょうど雲南省に行ったときに買ってきたの」

 器用にワインのコルクを抜くと、深紅の液体を、ワイングラスになみなみと注ぐ。


 夢華は自分のグラスにもワインを注ぐ。


「再会を祝して」

 そう言って、わたしたちはグラスを重ね合わせる。


 うわっ、濃い!

 中華料理チェーンなんかでしか飲んだことがなかったけど、紹興酒ってなんとなく薄くて甘いお酒ってイメージだった。


 けど、これは香りも味も圧倒的に濃厚で、喉を通ってもなお、舌の上に余韻が残っている。

 まあ、人が生まれて大人になる20年もの間、甕の中で熟成されてたっていうんだから、当たり前なのかもしれないけど。


「この赤ワインも、最高だね」

 アレクが愉悦の表情を浮かべる。


「標高2000メートル超の、雲南省・香格里拉(シャングリラ)の高地で育ったワインだからね。スペインワインにも決して劣っていないはずよ」


 相変わらずの負けず嫌いが垣間見え、ちょっと笑ってしまう。


「このワインに、最高に合う料理を用意したの」


 ガラガラと音を立てながら、豪華な北京ダックが丸ごと運び込まれてくる。


 けれど、わたしの目を奪ったのはそこではなかった。

 料理人の後ろについてきた、一人の男の顔を見たとき、わたしは思わず、紹興酒を吹きこぼしそうになった。


挿絵(By みてみん)

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