第252話:魔都
2030年1月6日 中国・上海
「ここが、魔都・上海……」
わたしは、眼下に広がる光の洪水に圧倒される。
「あれが、浦東の近代ビル建築群です」
飛行機の窓から見える景色を指差しながら、CAさんが笑顔で説明してくれる。
「でも、あの場所をご自身で歩いたら、きっともっと驚かれるはずですよ」
――すでに十分驚いているんだけど……。
と思いながらも、そこまで言われると否が応でも期待が高まる。
1時間後。
アレクとともに、実際にその地に降り立った時、その言葉が決して誇張ではなかったことを知った。
「こいつは、凄いな。”魔都”と呼ばれるだけのことはある」
世界中の建築を見てきたアレクをして、そう呟かせるほど、その光景は圧巻だった。
11の球体が連なる″東方明珠塔”と呼ばれるタワーをはじめ、極彩色の光を放つ近未来的な高層タワー群だけでも、十分に個性的だ。
でも、こうして実際に黄浦江沿いを歩いてみると、それは上海の魅力のほんの一部に過ぎないことに気付く。
むしろ真に独特なのは、背後に広がっているクラシックな西洋建築群だ。
19世紀に、イギリス、フランス、アメリカを中心とした列強に共同統治されていた上海は、その頃の空気が今も色濃く残っている。
黄浦江を境に、近未来的なビルの群れと、租界時代の西欧建築群が混然一体となっている。
それこそが、サイバーパンク的な唯一無二の情景を生みだしているのだろう。
「……それにしても、恐ろしいまでの人だな」
アレクが苦笑する。
2023年にインドに抜かれたとはいえ、いまなお14億人もの人口を抱える中国全土から、この景色を一目みようと、ザ・バンドに押しかけているのだから無理もない。
押し寄せる人波をどうにか滞留させまいと、何十人もの警備員が、大声で叫びながら必死に誘導している。
――渋谷のスクランブル交差点の人込みを、人口比に合わせて十二倍くらいにしたら、こんな感じになるのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に緑色のピラミッド型の屋根を冠する西欧建築が目に入る。
「あ、あれのことかな?」
アレクが頷く。
夢華に指定されたレストランは、和平飯店と呼ばれる外灘に面するホテルの中のレストランだった。
「このファサードは、アールデコ様式だな」
建築家のアレクが一目で見抜く。
重厚な石造りのベージュ色の外壁が、夜のライトアップで暖かな金色に輝いている。
玄関を抜けると、タキシードを着た長身の男性が、流暢な英語で話しかけてくる。
「深山リン様と、アレキサンダー・カサノヴァ様ですね。お待ちしておりました。8階で、夢華様がお待ちです」




