第251話:朝の地平
「どう、一度、夢華のところに行ってみない?」
十萌さんが優しく言う。
「夢華のところって……中国ってことですか?」
「ええ。エベレストでの挑戦を終えて、ちょうど明日、上海に戻るらしいから」
急な申し出に迷っていると、隣のアレクが口を挟んできた。
「リン、君は夢華に会いに行くべきだ。もちろん、私も同行する。まだ私は、夢華から告白の返事もらっていないからね」
――はぁ!?
わたしは思わず、椅子からずり落ちそうになった。
たぶん、彼の言う『告白』というのは、鎌倉の最後のパーティーの時、ずっと口説いていたときのことだろう。
ただ、傍目からても、夢華はいつもの塩対応だった。
というよりも、アレク=プレーボーイというイメージが定着しすぎていて、単なる通常運転だと勘違いしていた節さえある。
「そうね。アレクも同行してくれるなら安心だわ」
十萌さんが楽しそうに笑う。
「僕は、もう少しここに残って、実験を見ていくよ。『宇宙兄弟』の世界を体験できる、せっかくのチャンスだからね。それに……」
そう言って、ミゲーラはわたしに軽くウィンクした。
「星のことは、しばらくは僕が見ておくから、安心して」
――確かにミゲーラもいてくれるなら安心だけど……。
それにしても不思議な展開になってきた。
一時的とはいえ、もともとシルバとの協力関係にあったアレクが去り、外から来た星とミゲーラがこの地に残るだなんて……。
成り行きを見ていた梨沙さんが、こう結論づけた。
「じゃ、決まりだな。今夜はもう遅い。明日の早朝には、中国に飛べるように手配するから、出発の準備しておいてくれ」
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2030年1月6日 モロッコ・サハラ砂漠
朝6時半。
シルバ、星、そしてミゲーラに別れを告げたわたしとアレクは、梨沙さんが手配してくれた政府専用機に乗り込んだ。
フライトアテンダントさんが毛布を持ってきてくれた。
「中国・上海までは、約12時間ほどの旅となります。どうぞ、ゆっくりとお休みになってください」
モロッコの旅の見納めにと、窓の外に目をやる。
ちょうど、日の出の時間になったのだろう。
ぶ厚い雲と、砂丘の地平の隙間を縫うように、眩い朝日が砂漠を照らし始める。
わたしは、この地平の遥か先にいる夢華のことを想いながら、そっと目を瞑った。




