第249話:サハラ砂漠の夜
星の、”決別の言葉”を聞いたわたしは、かつてないほどの喪失感に囚われていた。
物理的には離れているときでさえも、彼はいつも心の裡にいてくれたから。
あるいはそれは、親や兄弟に対して対して抱くような感情だったのかもしれない。
それでも間違いなく、かつて暴漢からエリーを守れず、絶望に打ちひしがれていたわたしの心を救ってくれたのは星だった。
ここではないどこかに行きたくて、気付くと、夕陽が落ちた紅の砂漠を、ラクダでふらふらと歩んでいた。
遠くに砂丘が見える。
冷たい風が頬を撫でる。
――夜の砂漠って、こんなに涼しいんだ。
ぼんやりと、そんなことを考えている内に、辺りはあっという間に夜の闇に包まれていく。
わたしはぶるっと身震いした。
気温が急激に下がってくる。
涼しいどころの話じゃない。ほとんど氷点下に近いくらい、急激な寒さが襲ってきた。
――そろそろ、基地に戻らなきゃ。
そう思って、後ろを振り返る。
しかし、そこに広がっていたのは茫漠とした砂漠だけだった。
ぐにゃりと方向感覚がゆらぐ。
――まずい、本気で迷ったかもしれない。
ポケットの中をまさぐる。が、その指が掴んだのは砂屑だけだ。
こんな時に限って、スマホを、おいてきたバックパックに入れっぱなしだったことに気付く。
冷や汗が背筋を伝う。
それが、そのまま体温を奪っていく。
「誰か――!」
わたしは大声で叫ぶ。しかし、その声はむなしく砂丘に吸い込まれていく。
夜の帳が完全に落ちる。
天に無数の星が瞬き始める。
この寒さだと、一晩持たないかもしれない。
星のことで動揺してたとはいえ、何も持たずに夜の砂漠を歩くなんて、どうかしてた。
そのとき。
遠くの砂丘に、ラクダの群れを率いる人影が見えた。
「Help!|PLEASE, HELP!!」
遠すぎて、聞こえるはずもない。
けれど、その人影は、その声が聞こえたかのように、わたしの方へと歩いてくる。
――偶然、なのだろうか。
ラクダ遣いの男は、わたしの顔が見える距離まで近づいてくると、こう言った。
「Are you Lin? Lin Miyama?(リン・ミヤマさんですか?)」
わたしは頷きながらも、ターバンをまいたその男の顔を凝視する。
どう考えても、見覚えのない顔だ。
「He spotted you from the sky (彼があなたのことを教えてくれたんですよ)」
そういって、上空を舞っていたハヤブサをその肩に止まらせる。
それは、わたしのライトニングによく似た、でも毛並みがちょっと違う鷹型のアバターだった。
どうやら、彼の眼を通して、わたしを探し当てたらしい。
ほっとすると同時に、警戒心がよぎる。
――なんで、わたしの名を……。
そんな警戒心を解くように、彼は綺麗な日本語で言った。
「わたしはザカリア・ラバティ。水上総理秘書官の命を受け、あなたを迎えに参りました」




