第248話:クロスロード
「本当に、それでいいの?」
この基地に残るという星に、わたしは尋ねる。
曲がりなりにも幼馴染だ。
宇宙やメカエンジニアリングに賭ける、星の想いの強さは知っている。
けれど、このモロッコの地に残って働くということは――。
星が、カイの思い描く未来との決別することを意味するはずだ。
「カイは親友だよ。でも、だからこそ並び立ちたいんだ。彼の後を、一生追い続けるんじゃなくてね」
――リンも、分かるはずだよ?
そう、その目が訴えかけている。
何も言えなくなる。
わたし自身、二人の天才、カイと星に取り残されまいと、ここまで必死で走ってきた。
けれど、星もまた、カイに対して同じ想いを抱えているということなんだろう。
むしろ、その才気ゆえに、カイとの距離の遠さが、より鮮明に視えているのかもしれない。
「でも、それだけじゃない。リンのことも、なんだ」
――へ、わたしのこと?
思わず、瞬きする。
「リンの心の中には、ずっとカイがいた。それでいいと思っていた。でも、今は、それに嫉妬している自分に気付かされたんだ」
「は? え!?」
今度は心の声が口から洩れた。
「だって、あの時――」
かつて、思いの丈を込めて星に告白し、振られた時のセリフを思い出す。
「僕は、リンが好きだ。でもそれは、カイに抱く感情と一緒なんだ。だから、リンを選ぶことはできない」
わたしは、その言葉を、『親友以上の特別な感情を抱けない』ということを、婉曲的に伝える断り文句だと捉えていた。
「僕にとって、リンはずっと、守らなければいけない相手だと思っていたんだ。でも、ペルーで、リンに救われたときに気付かされたんだ。カイだけでなく、リンもまた、とっくに僕の前を歩いていたんだってね」
「そ、そんな。わたしなんて」
カイに対して劣等感を抱くのはまだ理解できる。でも、まさかわたしにまで……。
「だから、カイを好きなリンの気持ちを含めて、リンをそのまま愛せるような自信が欲しいんだ」
そう言って、星の右の掌が、わたしの頬に触れる。
わたしは、少しだけど、本当に少しだけど、身構えてしまっている自分に気づく。
そうさせているのは、脳裏に浮かんだカイの顔だ。
正直、わたしがカイを好きなのかは分からない。
だけど、今、わたしの心に浮かんでいること自体は、否定できない事実だ。
やがて星は手を離し、少しだけ寂しそうに笑った。
「やがて訪れる火と氷の未来で、僕らの道を再び交差させるために、僕はここに残るよ」




