第247話:分岐点
「ちょ、ちょっと待って。さっぱり話が見えないんだけど……」
わたしは、星とシルバの間に割って入る。
――Mars? Europa? amplification ?avatar?
「ああ、ごめん。説明するよ」
シルバを真っすぐ見据えていた星が、ようやくわたしの方を向く。
「シルバさんが考えている移住計画は、月面だけじゃない。いずれは、火星、そして木星の衛星・エウロパにまでも基地を建築しようとしているんだ」
そこまでは、わたしでも薄々と分かった。
けれど、『アバター』や『増幅』といった下りが全く分からない。
シルバが言葉を継ぐ。
「月面も、火星も、そしてエウロパも、最低気温がマイナス100度を下回る極寒の世界だ。生身の人間では、何百年かかっても、大規模な基地建築などできやしない。だが、アバターを脳波で遠隔操作できるなら話は別だ」
「で、でも、そんな遠くまで脳波を飛ばすなんて……」
今のわたしでは、2000メートルが限界だ。最寄りの月でさえ、その約2万倍の3800万キロもある。今後、修行を積んで多少は距離が伸ばせるにしても、ほとんど絶望的な距離だ。
「そのための、増幅モジュールなのだよ」
シルバが言い切る。
「現時点でも、地球の周辺には5万機を超える人工衛星が飛んでいる。そのあらゆる衛星に、脳波の増幅モジュールを搭載することで、脳波を増幅させ続けて、月面にまで届かせるって仕組みさ」
わたしは、三式島での出来事を思い出す。
確かに悠馬は、何らかの方法で、わたしたちの脳波を増幅させることができた。
もしその増幅方法をモジュール化して、宇宙を飛ぶ人工衛星に組み込むことができれば、理論上は確かに、月までも届くのかもしれない。
「月面基地さえ建築できれば、そこを起点に、さらに多くのモジュール化衛星を発射できる。そうすれば、やがて人類は火星に、そして木星までへも辿り着ける」
星は熱弁を振るう。
普段の冷静で理知的な姿はなりを潜め、そこには衝動に突き動かされる一人の少年の姿がいた。
「僕の中で、既に、増幅器のモジュール化の基礎理論は構築できている。でも、実地実験なしに、実用レベルにまで持っていくのは不可能なんだ。だから、僕はここに残って実験を続けたい」
――でもそれは……。
わたしは、口を開こうとして、言葉を飲み込んだ。
シルバが髭を撫でながら、その言葉を代弁する。
「俺としては、むろん異論はない……。だが、ローゼンバーグとは、道を分かつことになるかもしれんぞ」
――そう、なのだ。
EU宇宙開拓軍を率いるシルバの想い描く未来は、カイたちが描く双子の地球とは明らかに違う。
道が分かれるだけならまだいい。
でもその道同士が、やがて正面からぶつかってしまったら――。
けれど、星は揺るがなかった。
その瞳には、決意の光が宿っている。
「かつて、シルバさんが言った通りです。人類の生存の為の選択肢は多い方がいい――と」




