第245話:ユートピア
「このモロッコ領のサハラ砂漠には、高さ150mもの砂丘や岩石地帯があって、火星の地形に似ているんだ。だから、火星開発のシミュレーションにぴったりというわけさ」
シルバが、滑走路の先で光を放つ、近未来的な銀色のドームを指差し、ついてこいというジェスチャーをする。
「これが火星開発ための基地、通称、Utopiaだ」
――理想郷?
なんだか、おとぎ話のような基地名だけど……。
「ちなみに、アトラス山頂の基地Ⅱは……」
シルバがそこまで言うと、珍しく星が言葉を遮った。
「オリンポス、ですよね?」
シルバが、少しだけ感心したように頷く。
――どうして分かったんだろう?
会話についていけないわたしが、星の顔を見る。
「ユートピアというのは、火星最大の平原の名前なんだ。そして、オリンポスは、火星で最も高い山だ。あのアトラス山頂の建物は、火星の山岳地帯での居住や移動を想定したベースキャンプなんだと思う」
シルバが、ユートピアへの虹彩認証を行うと、ドアが自動で開く。
そこは、想像を遥かに超える巨大な施設だった。
どうやら、地表に見えている建物に加え、地下にも広大な空間が広がっているようだ。
「この基地には、火星での生活を模擬体験できる居住モジュールに、太陽光による発電施設、天体観測施設、科学実験室、エンジニアリングルームを完備している。それだけじゃない。食料生産可能な水耕栽培エリア、更に居住者の精神的安定を保つための娯楽室まで、ありとあらゆる設備を揃えているんだ」
シルバが誇らしげ言う。
正直、今の今まで、宇宙に住むなんてことを考えてみたこともなかった。
でも、もし本気で火星への居住計画を立てるのであれば、ここまで必要なんだろう。
一通り施設を案内してもらった後の星の様子は、明らかにいつもと違っていた。
「すごい……。まさかここまで進めているなんて……」
まるで、溢れ出る感情を抑えきれないように、言葉が零れ落ちる。
その顔は紅潮を通り越して、血走っているようにさえ見える。
彼は意を決したように、口を開いた。
「僕を、この場所で働かせてもらえませんか?」
――え!?
わたしだけでなく、ミゲーラも、アレクも、その突然の申し出に戸惑っているようだった。
唯一シルバだけが、星の実力を、見定めるような冷静な視線を投げかけている。
「君のことは調べさせてもらっている。世界的な地質学者の七海創の息子にして、ロボット系の特許もいくつも保有している俊才だとね。だが、その程度の経歴の人物なら、この基地にはごまんといるんだ」
そう言って、シルバは、挑発的な言葉を投げかける。
「火星開発という人類最大の挑戦に対して、君はいったいどんな貢献ができるんだ?」




