第244話:遥かなるアトラス山脈
「月面基地建設のその先って……!?」
ほとんど身を乗り出すような勢いで、星がシルバに尋ねる。
何せ、メカ好きで、宇宙好きの彼にとって、寝食を忘れるくらい没頭しているテーマだ。
「そのプロトタイプに、今から案内するよ」
シルバは星の背中をぽんと叩き、ジェットに乗り込むように促す。
よほど興奮が抑えられないのだろう。
機内の最前列の窓際に座ると、離陸後もずっと、喰いつくようにまどの外の景色を見つめ続けている。
数十分ほど経ったころだろうか。
シルバのアナウンスが機内に響く。
「これより、当機は、アトラス山頂付近を低空飛行する。ジェット気流が吹き荒れているから、しっかり掴まっててくれ」
――へ、なんでわざわざ?
飛行機なんだから、高度を上げて気流を避ければいいだけなんじゃ……。
「つまり、そこに見せたいものがある――ということですね?」
星が言う。
「ああ、あくまでその一部だがな」
不意に、『ガタン』という音がしたかと思うと、機内が揺れだした。
どうやら山頂の突風域に突入したらしい。
やがて、機内のアラームがビービーと鳴り出し、人工音声がシートベルトを締めるように警告する。
「あれが、高きアトラス山脈の頂点、トゥブカル山だ。標高4167メートルだ」
そんな状況を全く意にも介さないように、シルバがアナウンスする。
わたしは、シートベルトを握りしめながら、窓の外に目をやる。
すると、山頂に限りなく近い、ゆるやかな傾斜面に、明らかな異物があった。
――あれは、基地?
けれど、その形状は、普通のものとは程遠かった。
なんだか、ハリウッドの映画にでてくる、ドーム状の近未来的な建物だ。
――え!?今、人影が見えたような。
吹雪が吹き荒れているはずの、基地の外を出歩くなんて自殺行為だ。
わたしは思わず目を擦ると、次の瞬間にはその人影は消えていた。
きっと目の錯覚だったんだろう。
やがて飛行機が雲の上まで再浮上すると、揺れが収まり始め、ようやくわたしはほっとする。
正直、こんなところでは死にたくない。
胸をなどおろしたのもつかぬ間、シルバが新たなアナウンスを行う。
「まもなく我々の目的地に到着する。着陸準備をしてくれ」
「え、でも、この周辺に滑走路なんて……」
「我々のチームメンバー以外では、初めてのゲストだ。着地を楽しんでくれ」
そう言って、シルバは一機に高度を下げていく。再び機体がぐわんと揺れる。
シルバが軍隊出身だからか、あるいはただの性格なのか――。
どう見ても、スピードやリスクへの感覚が、一般人離れしている。
さっきの雪景色から一転し、赤土の砂漠へと位相を変える。
そのど真ん中に現れたのは、巨大な滑走路だった。
ボンバルディアが跳ねるように着地し、シルバの声が機内に響く。
「火星移住計画の、最前線にようこそ」




