第239話:フラクタル
「僕たちの人体や、宇宙にさえも、幾何学が存在しているんだ」
――人体が?
「僕たちの神経ネットワークなどはフラクタル構造なんだ。人体の血管系、肺の気管なんかもね」
「フラクタル構造って……?」
話についていけない予感が漂ってきた。
「フラクタル構造は、自己相似性――、つまり全体の形状が部分の形状と似ていて、拡大しても縮小しても似たようなパターンや構造がみられるという、幾何学的パターンのことだよ」
「でも、なんでそうなっているの?」
分からないなりに、何とか食いついていく。
星が自らの手を、天にかざしながら言う。
「人体という、″有限の空間内”で効率的に、酸素や栄養を運搬するために最適化された結果、そうなったと言われているんだ」
「けど、無限のはずの宇宙は何で?」
ミゲーラも話に乗ってくる。
「残念ながら、宇宙がフラクタル構造をしている根源的理由は、現在科学ではまだ未解明なんだ。でも、もしかしたら、シルバやアレクの研究が、そのヒントをくれるかもしれない」
星は、天井の幾何学文様に目をやりながら、期待に満ち溢れた表情でいう。
その目は、まるで宇宙のどこかを見つめているようだ。
そんな星を見て、わたしの胸に、一抹の寂しさが去来する。
長い間、星に片思いをしていたから分かる。
わたしを見てくれているときの星は、限りなく優しい。
けれど、ときどき、ほとんど自動的に、彼の眼は、宇宙のように広い視点に移り変わってしまうことがある。
それは、グーグルアースで、衛星から地球全体を俯瞰したときように、一人の人間のことなんて視野の片隅にも入っていない。見えているのは、地球であり、総体としての人類なのだから。
それは、きっと究極の博愛なんだろう。
だけどわたしは……。
「美しい……」
隣のミゲーラが、感嘆のため息をつき、わたしははっと我に返る。
陽光がステンドグラスを透過し、赤、青、オレンジ、緑といった色とりどりの幾何学紋様を、精緻な細工が施された扉や床に描き出している。
幾何学文様が幾重に重なっている様を見て、わたしはぼんやりと思う。
――この日の光もまた、宇宙から来ているんだ。
もし本当に、人体も宇宙も、同様の構造をしているとしたら……。
″この世界を創造した何か”は、一体、何を意図しているんだろう。その壮大な仕組みの中で、ちっぽけなわたしに、一体何ができるんだろうか。




