第236話:赤の都市
「なんで、マラケシュは″赤の都市″と呼ばれているの?」
モロッコの首都・マラケシュ行きの機内で、アレクに尋ねてみる。
「マラケシュは、11世紀にアルモラヴィド朝によって建設された。その時代の建築物には、赤い土が使われたものが多いんだ」
そう言ってアレクは、グラスに注がれた赤ワインを、手の中で弄ぶ。
――っていうか、この男、昨晩から飲み続けている気がするんだけど、大丈夫だろうか?
「スペイン人にとって、ワインは水みたいなもんなんだよ。ま、到着すれば分かるさ。特に、夕陽に染まるマラケシュの美しさは格別だよ」
そういって、再びワインを口に含む。
「そろそろ到着だ。着陸態勢に入ってくれ」
シルバの声が社内に響く。
「本当に、アフリカまで1時間もかからないで到着するんだね」
”音速超え”という、ボンバルディアの最新鋭機の売り文句は、どうやら伊達じゃないらしい。
わたしは、ぐっとお腹に力を入れ、着陸の衝動に耐えた。
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2030年1月3日 モロッコ・マラケシュ
「ここが、赤の都市……」
わたしは眼前の情景に目を奪われる。
夕陽が射し始めたマラケシュは、その名にふさわしい色合いを湛えていた。
赤土で固められた建物は、深紅の夕陽に照らされ、さらにその色を濃くしていく。
「あれって、何て山?」
冠雪が山頂を純白に彩る山脈を指さし、わたしは星に尋ねる。
どうやら彼は、父親の創さんに連れられ、地質調査でこの地に来たことがあるらしい。
「アトラス山脈だよ」
アフリカと雪、というとイメージが上手く結びつかないけど、ポルトガルから1時間と考えると、むしろヨーロッパ気候の方が近いのかもしれない。
「アトラスというのは、巨人を意味しているんだ。かつて、あの山脈を見たギリシャ人やローマ人が、『天を支える巨人』に例えたことから、そう名付けられたと言われている」
その時代の人にとっては、あの山脈は決して越えられない存在だったのだろう。
あの山の先には、何があるんだろうか――。
わたしは、かつて古代ギリシャ人が何度もよぎった思いに耽る。
そのとき、後ろでミゲーラが気の抜けた声を出した。
「お、お腹減ったぁ……」
そういえば、昼から何も食べていない。
夕陽が地平線に落ち、すっかり夜が更けてきた。
もう、夕ご飯の時間だ。
星が笑いながら言う。
「マラケシュで一番賑わっている夜市に、モロッコ名物を食べにいこうか?」




