第231話:聳え立つキリスト像
「え、あれって、もしかして……!?」
わたしは思わず声を上げた。
橋の向こうで悠然と聳え立つ白いキリスト像は、なんかの映像で確かに見た気がした。
――いや、でも、あれって、ブラジルの映像だったような……。
脳がバグり始める。
「あれは、Cristo Rei。ブラジルのリオのキリスト立像にインスパイアされて作られたのさ」
シルバが言う。
――そうか。道理で見覚えがあるかと思った。
わたしが映像で見たのは、オリジナルのリオのキリスト像だったんだ。
像の近くにまで行くと、その台座の高さに驚く。
「像そのものは28メートルだが、台座が75メートルある。だから、テージョ川に隔てられた、リスボンの中心地からもはっきりと目にできる」
「確かに、コルコバード山のキリスト像みたいだね。あの像も、遠くからよく見えるから」
ミゲーラが言う。
神という、目に見えぬ存在を可視化させる――。そんな行為をキリスト教は、2000年にわたって世界各地でやってきたんだ。
キリスト教徒でないわたしでも、どこか敬虔な気持ちにさせられるんだから、信者にとってはまさにここが聖地そのものなのだろう。
「子どものころから、困難にぶつかる度に、この場所から夕陽を見てきたんだ」
シルバが呟く。
わたしたちは、無言で空の色が変化していく様を眺めていた。
水色が次第に深くなり、夕陽が空を染め、やがて海へと沈んでいく。
「たとえ誰を敵に回そうとも、世界の落日を食い止めなければならない。そのために、君たちの協力が必要なんだ」
そう語りかけてくるシルバの顔には、興奮とも悲壮ともとれる表情が浮かんでいた。
だが、そこには迷いは一切なかった。
かつてヴァスコ・ダ・ガマがこの地を発ち、荒波を越えて喜望峰、そしてインドへと辿り着いたように、彼もまた、いつか宇宙にその足跡を刻むのだろうか。
わたしは、宇宙に思いを馳せる。
そんなとき、きまってわたしの脳裏に浮かぶのは、星と一緒に観たアニメ『銀河英雄伝説』だった。
政治になんかにまったく興味のなかったわたしでさえも、壮大な宇宙を舞台に、理想と現実、信念と陰謀が渦巻くその世界観に圧倒された。
ただ逆に言えば、宇宙に行ける時代になってなお、美しさと愚かしさを併せ持つ、人の本質が変わらないことに驚きもした。
これから世界はどうなっていくのだろう。
世界的危機に、各国が手を取り合って立ち向かう未来が待っているのだろうか。あるいは、対立の末、破滅に向かってしまうのだろうか。
わたしは目を閉じて、見えないはずの何かに祈りを捧げた。




