第230話:カーネーション革命
「君たちはポルトガルは初めてか?」
シルバは早い弾道のボールを、ミゲーラの方に蹴る。
「ええ」
ミゲーラは難なくボールをトラップすると、シルバの方に蹴り返す。
「なら、連れていきたい場所がある」
シルバが、更に強いボールをミゲーラに向かって放つ。
ミゲーラはアクロバティックな体勢でボールを捌くと、かろうじてシルバに向かって弾を送り返す。
「カポエイラ仕込みか、面白い」
シルバはニヤリと笑うと、渾身の力を込めたシュートを、ミゲーラに向かって放つ。
間近で見るプロのサッカー選手のシュートは、ほとんど殺人級だ。
トラップしようとしたミゲーラの右足がはじかれ、ボールが空へと舞う。
ボールの落下予測地点に、シルバが身を置いたその時。
ミ―ゲラが短く息を吐いた。
――ゾーンに入った。
次の瞬間、ミゲーラの体は宙を舞っていた。
――あ、これ、まんま『キャプテン翼』じゃん。
思わずそう呟いてしまうような、美しいオーバーヘッドキックだった。
弧を描くかのように空気を裂いたボールは、ゴールポストに当たり、わたしに向かって跳ね返ってくる。同じくゾーンに入ったわたしも、見よう見まねで右足を振りぬく。
翼の永遠のライバル、日向君のシュートのように、ゴールネットを突き破る―。
そんな脳内イメージとは裏腹に、わたしが蹴ったボールは芯をとらえることはできなかった。ふらふらと空中を舞い、何度かバウンドをし、やがてコロコロと転がりながら、何とかゴールネットまで辿り着く。
――きっと夢華なら、カッコよく決めたんだろうな。
そう思いながらも、笑顔で手を差し伸べてくれるミゲーラとハイタッチをする。
わたしは自分に言い聞かせる。
どんなに不細工でもいい。一歩一歩でも、ゴールにさえ進んでいけるのなら。
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「あ、4月25日橋!」
星が近づいてくる巨大な赤い橋を指さし、声を上げる。
――4月25日橋……!?
奇妙すぎるその名前に、わたしは思わず問い返す。
「1974年4月25日に起こった、カーネーション革命にちなんだ通称だよ。40年間続いた独裁政権を無血で打倒した記念に、そう名付けられたんだ」
星の言葉に、シルバが誇らし気に頷く。
「世界的に見ても、当時、無血革命は極めて稀だった。後のチェコのビロード革命や、東ドイツの平和革命の先駆けといっていい」
「ポルトガルって、いろいろな意味で開拓者だったんですね」
シルバは、どこか遠い目をして言う。
「ヨーロッパ大陸の端の端だからな。前に進むしかないのさ」
だからこそ、エンリケ航海王子や、ヴァスコ・ダ・ガマのような、開拓者が生まれたのかもしれない。
歴史に思いを馳せながら、視線を海の向こうに移すと、不意に、とんでもない大きさの像が飛び込んできた。
「え、あれって、もしかして……」




