第228話:スタジアム
「このスタジアムは、ついこの間、落成式を終えたばかりなんだ。だから、このVIPルームの鍵を持っているのは、オーナーの俺だけってわけさ」
真新しいサッカースタジアムの、ピカピカのVIPルームの鍵を開けながら、シルバが誇らしげに言う。
どうやら、彼の言った「絶対に邪魔されない場所」というのは、ここのことらしい。
サッカー王国、ブラジル出身のミゲーラが言う。
「こうした部屋は、普段、国賓の接待や、非公式の外交の場に使われるんだ」
「そもそも、サッカーというのは、”代理戦争”みたいなものだからな」
シルバの身もふたもない言い方に、少し驚く。
――たしかに、ときどき、フーリガンが暴れて死傷者が出たという海外のニュースが流れてくることはあるけど……。
「なんでそこまで――という顔をしているな」
シルバが、少し考えて言う。
「あそこに立ってみれば分かるさ」
そう言うと、シルバはVIPルームの奥の方へと歩いていく。
壁に嵌めこまれた小さなディスプレーを、シルバが見つめると、緑色の光が放たれ、すぅーとドアが開いた。三式島の研究所にもあった、虹彩認証だろう。
とりあえず、わたし、ミゲーラ、星がシルバの後についていく。
薄暗いトンネルのような通路を、緩やかに下っていくと、不意に目の前が明るくなる。
眼前に広がっていたのは、さっきまでVIP席から見下ろしていたサッカーフィールドだった。
真新しい芝に足を踏み入れる。
綺麗に借り揃えられた芝の上に、カラフルなボールが置かれている。
各国の旗があしらわれている、特注のボールだ。
――サッカーのフィールドって、こんな広いんだ。
今まで映像でしか見たことがなかったけど、実際にその場所に立つと、その広大さが際立つ。
「戦争はルールがない。だが、サッカーにはルールがある」
シルバがそれを右足で巧みに操ると、青空に向かって思いっきり蹴り上げた。
宙を舞っていた鳥たちが、驚いたかのようにその陣形を乱す。
ボールはまるで吸い込まれるかのように、寸分違わず足元へと落下し、彼が音もなくトラップする。
「そして、敵対国であったとしても、相手の美技に酔いしれることさえある。ちょうど2023年のアルゼンチン対フランスの決勝戦がそうであったように」
確かに、戦争において相手の美技を称えることなどありえない。
「どうして、サッカー選手を、そして海軍をも辞めて、宇宙開発ベンチャーを創ったのですか?」
星が尋ねる。
かつてサッカーのナショナルチームを統率していた彼が、海軍に転身し、やがてフリゲート艦を指揮するようになったと、サラが教えてくれた。
そして今は、欧州最大の宇宙関連企業を統べているのだから、この地で皆が彼を英雄扱いするのも頷ける。
「もう我々には、代理戦争を行う余裕さえ残されていない。そうだろう?」
シルバはボールを前方に向けて蹴った。
どごぉん、と音がし、真新しいゴールのポスト直撃する。
跳ね返ったボールが再び、彼の足元に戻ってくる。
「今必要なのは、この欧州を新たな地へと導く存在だ」




