第226話:始まりの地へ
2030年1月2日 ポルトガル・リスボン
「これが、Monument of the Discoveriesかぁ」
わたしは、高さ50メートルにも及ぶ、船をあしらった巨大な記念碑を見上げる。
ミゲーラが、頷く。
「ああ。大航海時代は、あのエンリケ航海王子が、アフリカ西海岸の探検の号令を出したことから始まったと言われているんだ」
見れば、王子を先頭に、同時代の探検家や航海士、科学者に宣教師らが、まるで今にも出航するかのように、躍動的に彫られている。
どれだかはイマイチ分からないけど、この中に、日本人にはおなじみのフランシスコ・ザビエルもいるらしい。
モニュメントの裏側から、星の声が聞こえてくる。
「反対側に回ると、例の彼の像が見えるよ」
わたしは、裏側に回り込み、星の指さす先に視線を移す。
「前から三番目の、顎鬚の男性だよ」
片膝立ちでも分かる巨躯と、しっかりと握られた長剣。その男の視線は、遥か遠くに向けられている。
彼の名は、ヴァスコ・ダ・ガマ。
喜望峰を超え、インド大陸を発見した、ポルトガル史上の最大の英雄と呼ばれる男だ。
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「もしポルトガルに行くことがあったら、君たちに紹介したい人がいるんだ」
きっかけは、チアゴ大統領の一言だった。
3日前、ブラジルの大統領官邸での会食を終えたわたしとミゲーラ、そして星に、スマホの写真を見せてくれた。
「この人って、確か……」
名前は出てこなかったけれど、その顔には確かに見覚えがあった。
わたしでさえ見覚えがあるくらいだから、相当有名な人のはずだ。
星が横から助け船を出してくれる。
「ディオゴ・アルメイダ・シルバ 。宇宙開発企業のCEOですね。ついこないだも、民間機に乗って、宇宙に行かれていましたよね」
チアゴ大統領が頷く。
「ああ。将来を嘱望されたサッカー選手だったが、ある事故をきっかけに海軍に転身したんだ。そこで頭角を現した後、自ら宇宙開発企業を立ち上げたんだ。彼の開拓精神と行動力から、ヴァスコ・ダ・ガマの再来と呼ぶ人さえいるほどだ」
まあ、わたしのルーツがポルトガルだから……という贔屓目もあるかもしれないがねと、少し笑う。
「彼は今、ポルトガルにいる。今年の6月ポルトガルのワールドカップに向けて、私財を投じて、新たなスタジアムを建設しているんだ」
――そうだった。
日々に必死ですっかり忘れていたけど、2030年は、ポルトガル、スペイン、モロッコの共同開催の年だった。
「ちょっと変わってはいるが、信頼できる男だ。彼のひらめきと行動力は、きっと未来を切り拓く君たちの助けになると思う」
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「この時代が、ポルトガルの黄金期だったんだ」
後ろから声を掛けられて振りむくと、まるでヴァスコ・ダ・ガマそっくりの顎鬚を蓄えた男が近づいてくる。
男がわたしに向かって、右毛を差し出す。
「ディオゴ・アルメイダ・シルバだ。シルバと呼んでくれ」
その掌は熱い。
まるで、全身から覇気が立ち上っているかのようだ。
彼はがっしりとした両腕を広げてこう言った。
「ようこそ、新たなる始まりの地へ」




