第225話:カウントダウン
2029年12月31日 23時30分
「ここが、サンパウロで一番、カウントダウンの花火が綺麗に見える場所なんだ」
そう言ってミゲーラが連れて行ってくれた場所には、浴衣姿の十萌さんが待っていた。人込みの中でも、ひときわ目立つ優美な後ろ姿だ。
本当はもう少し早くジャパンタウンで合流するはずが、政府要人との会食が押しに押してしまったらしい。
わたしが声をかけると、振り向いた十萌さんが、「お待たせ!」と言ってわたしの腕に手を回してくる。
「今日一日、どうだった?」
「正直、まだ感情が置いついてきていないんですけど……」
わたしは、ミゲーラの家で、そしてジャパンタウンでの出来事について、ぽつりぽつりと伝える。
文江おばあちゃんが話してくれた、かつてサンパウロの日系人コミュニティーで起こった”勝ち組”と”負け組”の血みどろの争いは、衝撃的だった。
かつてペルーで起こった、ピサロによるインカ帝国の壊滅は、まごうことなき悲劇だ。
けれどもそれは、ある意味で理解しやすい対立の構図だった。
すなわち、外敵であるスペインが原住民を支配したという、歴史上何度も何度も起こってきた、支配者と被支配者の関係性だ。
けれども、日系移民たちの”勝ち組”と”負け組”の一件は、明らかにそれとは違う。
食うに困って、半ば日本から追われるようにブラジルに来た人たち――つまりは弱者同士――が、加害者と被害者に分かれてしまったのだ。
「『正しさ』が何なのか、どんどん分からなくなってきた気がします」
歴史を知れば知るほど、深く入り込めば入り込むほど、一義的な正義など存在ないことに気付かされる。むしろ、悪名をとどろかす人ほど、実は『自分なりの正義』を強く持っているように気さえしてくる。
――そうでなければ、航海技術が未熟な数百年も前に、命がけで大航海に乗り出そうだなんて思わないはずだから。
十萌さんは、こんなわたしのとりとめもない話を、しっかりと目を見て、ときに頷きながら聞いてくれる。
気が付くと、あたりが騒がしくなっていた。
時計に目をやると、11時58分を指している。
「そろそろカウントダウンが始まるよ!」
ミゲーラが声をかけてくる。
周囲のみんなの大合唱が始まる。
「Dez!Nove! Oito!」
ポルトガルでの10、9、8らしきカウントダウンが始まる。
「sete‼, seis‼, cinco‼, quatro‼」
7、6、5、4と、その声が次第に大きくなる。
「três, dois, um!!!」
夜空に無数の花火が上がった。
「Feliz Ano Novo! (明けましておめでとう!)」
爆発的な歓声が上がり、周囲のみんなが次々にハグし始める。
わたしも、星とミゲーラ、そして十萌さんと抱き合った。
花火で描かれた、”YEAR 2030”の文字が、サンパウロの夜空を彩る。
世界の運命を永遠に変える10年が、今、始まろうとしていた。




