第222話:ジャパンタウン
「私の心には、仏教徒の私と、キリスト教徒としての私が共存しているの。まるで、一つのアパートの中に、二つの部屋があるかのようにね」
この言葉は、不思議とわたしの心に響いていった。
わたし自身が宗教が身近じゃなかったからこそ、心の中で、二つの宗教を共存させるということのイメージが湧かなかった。
でも、「心のアパートの中で、それぞれを別の部屋に住まわせておく」というのなら、なんとなくイメージはできる。もちろん、実際にやってみるのは、そんな簡単なことじゃないだろうけど。
「そろそろアレも終わった頃だろうし、サンパウロの街を案内するよ」
ミゲーラが、空になった年越し蕎麦の器を片付けながら言う。
「アレって?」
「サン・シルベストルのマラソン大会だよ。毎年大晦日に、世界中から集まった数万人ものランナーが、サンパウロの中心街を走るんだ」
そう言って、カラフルな空撮写真を見せてくれる。
確かに、こんな中で観光なんてしようものなら、瞬時に人波に呑まれてしまうだろう。
「ジャパンタウンまで行くなら、ついでにおせち料理の具材を買ってきて。日本からのスペシャルゲストに、お腹をすかせたまま帰ってもらうわけにはいかないからね」
ミゲーラの母親が声をかける。
レゲエ界のスターも、母親の前ではただの一人の息子のようで、わたしは思わず笑ってしまう。
「ようやく、笑ったね」
そんなわたしに、星が声をかけてくる。
わたしは、ようやく気が付いた。
バルバラとリカルドに嵌められて、沈んでいた気持ちが、少しだけ浮上しつつあることに。
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ジャパンタウンは人でごった返していた。
「あそこで、提灯フェスティバルをやっているんだ」
身バレ防止の変装したミゲーラの後をついていくと、和太鼓の音が徐々に大きくなってくる。
法被に身を包んだ日系移民らしき人達が、大太鼓を響かせているようだった。
頭上には、色とりどりの提灯が風に揺れている。
別の人だかりの中から、
「よいしょ!」
と、日本語らしき声が聞こえてくる。
人だかりを掻き分けてみると、大槌を臼に向けてたたきつけている法被姿の男性と、見事な手際でお持ちを捏ねる女性の姿が目に入る。
ただよく見ると、法被を着ているのは、必ずしも日系の人たちだけじゃない。欧米系や南米系を思われる人たちもまた、額に汗を輝かせて働いている。
「サンパウロには、東本願寺というお寺があるんだ。彼らが主催する新年のイベントには、多くのキリスト教徒もボランティアとして参加してくれているんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。サンパウロに日系人は約40万人くらいいる。日本を除けば、日系コミュニティーとしては世界最大だけど、それでも都市の全人口の3%程度に過ぎないからね。他の人種や宗教の人たちと共存することは、自身の生存のために不可欠だったんだ」
「よかったら、お餅をついてかない?」




