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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第16章:ブラジル・未来世紀の覇権国家【2029年12月30日】
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第214話:愛しい人よ、泣かないで

挿絵(By みてみん)


「“Ñao Chore Mais”。海外では、“No Woman(ノーウーマン), No Cry(ノークライ)”として知られています」

 ミゲーラがみんなに捧げたいという曲目を聞いて、チアゴ大統領がにわかに身を乗り出す。


「おお、ジルベルト・ジルの!あの曲を歌ってくれるのか……」

 彼は感慨深げに呟いた。ブラジル側の他の閣僚たちの眼にも、郷愁のような、あるいは哀愁のような光が灯る。


 一方で、日本側の大半のメンバーは、それが誰かさえも分からないようだ。

 話を遮られ、不満そうな経済産業大臣が何かを言おうとする前に、創さんが口を開いた。


「ジルベルト・ジル……。軍事政権下のブラジルの民に、希望と連帯の光を与えた伝説の歌手ですよね。大統領は、青年時代をリオでお過ごしだったと伺っていますが、この曲にどんな思い出がおありでしょうか?」


 ―――助かった。

 わたしも、歌手名も曲名もさっぱり分からなかったから。


「1980年代前半のブラジルは、まさに暗闇だった。経済は極度のインフレに見舞われ、日々の食事さえ買えず、軍事政権に反対する友人が次々と逮捕されていった……。その時、私達を支えてくれたのが、ジルベルトのこの曲だったのです」


 そう言って、大統領はミゲーラに伝える。

「さっそくバックバンドを手配しよう。君はギターでいいかね?」


「ええ、ジルベルトと同じ、アコースティックギターを」

 そういって、ミゲーラが微笑む。


 ものの10分もしないうちに、晩餐会場に楽団のみんなが、楽器と共に入ってくる。


 星が感心して言う。

「さすが、音楽の国ブラジルだね。大統領官邸に、生の楽団が待機しているなんて」


 やがて楽器のセッティングが終わり、中央にアコースティックギターを握るミゲーラが立つ。

 普段の親しみやすい雰囲気が一変し、まごうことなきスターのオーラを放ちだす。


 ミゲーラが最初のコードを弾く。

 打楽器の軽快なリズムが鳴り響き、ベースがギターのメロディーラインを重層的になぞる。晩餐会場は、一気にライブ会場の様相を呈してくる。


 やがて力強く、それでいて優しいミゲーラの歌声が会場を包み込む。

 ポルトガル語の歌詞の意味は分からなかったけど、その歌声に聞き惚れてしまう。


 間奏を挟み、二番に入る瞬間。

 ミゲーラが、日本側の参加(わたし達)者に対してウィンクした。


 二番の歌詞は、なんと日本語だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 もう泣かないで、もう泣かないで

 すべて、すべてきっとうまくいくから、ほら見てごらん


 もう泣かないで、もう泣かないで

 僕が君を慰める、君を慰めるから


 あの日のことを思い出す

 ()()()()での日々

 あの日のことを思い出す

 すべてがとても辛かったあのときのことを


 あのバーに座って

 冷えたビールを飲みながら

 あのバーに座って

 過ぎさりし過去を振り返る


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 曲が終わり、会場は拍手に包まれる。


 大統領は、何かを噛みしめるかのように下を向いている。

 きっと、過ぎ去りし過去を想い出しているんだろう。


 わたしには、もちろんあの頃のことは分からない。

 でも、その歌の力に、どうしようもなく感情が揺り動かされ、思わずもらい泣きをしてしまう。


 歌い終わったミゲーラが、優しくわたしに向かって言う。

No woma(愛しい人よ)n, No cry(泣かないで)」と。


挿絵(By みてみん)

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