第211話:祈りの手
「え……、ここが教会?」
モチーフが、「咲き誇る花」だと言われても、あるいは「宇宙船」と言い張られても頷いてしまうような、不思議な外観だ。
ミゲーラが解説してくれる。
「純白の16本の支柱は、『天に向かって伸ばす祈りの手』を表しているらしいよ」
――そう言われると、確かにそんな感じもする。
自分の眼なんて、単純なものだなとつくづく思う。
教会の入口まで歩みを進めていくと、4つの鐘を天に頂く鐘楼が目に入る。
「この鐘楼は、ブラジル在住のスペイン人コミュニティーから、共存を願って寄贈されたものなんだ」
「あれ、ブラジルって、かつてポルトガルの領土だったんじゃなかったっけ?」
――確か、大半がスペイン語圏の南米の中で、唯一、言語もポルトガル語だと学校の授業で習った記憶がある。
「うん。ただ、ポルトガル系よりは少ないけど、スペイン系移民の子孫も1000万人以上いるんだ」
そう、ミゲーラが言う。
……もしかして、わたしが思っているよりずっと、ブラジルは多民族国家なのかもしれない。
ミゲーラが頷く。
「日系三世の僕みたいに、単一民族の血を引いている人は、むしろ少数派だよ。だって、ブラジルの総人口2億人の半分が、混血だからね」
――人口の約99%が単一民族の日本では、とても考えられない。
ブラジル人は、どうやって、国としての一体感を保っているんだろう。
「だからこそ、宗教があるのかもしれないね」
ミゲーラが教会のドアを開く。
わたしは思わず息を呑んだ。
そこに広がっていた空間は、今まで見たどんな宗教的施設とも違っていた。
天井から壁に至るまで、支柱を除くすべての空間が、白や青、そして緑のグラデーションで彩られたステンドグラスで埋め尽くされていて、そこから陽光が惜しげもなく注ぎ込まれている。
多くの教会が「荘厳さ」や「厳粛さ」を醸し出しているのに対し、ここには圧倒的なまでの解放感がある。
わたしの視線は天上から優雅に吊り下げられた天使の像に吸い寄せられた。
ステンドグラスから差し込む柔らかな光が、アルミニウム製の天使たちを包み込み、まるで天から舞い降りたかのような輝きを放っている。
どこからか讃美歌が流れてくる。
ミゲーラが目を瞑り、胸で十字を切る。
「ミゲーラって、クリスチャンだったんだ」
日系人だから、何となく仏教とか、神道とかを信じているのかと思っていた。
「おばあちゃんとかおじいちゃんは、仏教だけど、僕の世代はカトリックが多いかな」
「え、それって、家族同士で喧嘩になったりしないの?」
「うーん、別に。何を信じるかはお互いの自由って感じかな」
つい昨日まで、ペルーで、スペイン人とインカの末裔同士の、命がけの宗教抗争を目の当たりにしたせいか、その言葉は意外だった。
『魂を支配する者たち』のせいか、知らず知らずに、宗教そのものに恐怖心を抱くようになっていたみたいだった。
「もしよかったらだけど……」
わたしは、おずおずとミゲーラに尋ねる。
「おばあちゃんたちのお話を、直接聞けないかな?」
そんな恐怖心を解くカギを、もしかしたら彼女たちが持っているかもしれない。
ミゲーラは笑顔で答えてくれる。
「もちろんだよ。ちょうど明後日は新年だから、サンパウロで、家族と一緒に過ごす予定だったんだ。大統領との食事が終わったら、一緒に行こう」




