第210話:人が造りし風景
「ミゲーラ!」
思いもよらない再会に、わたしは歓喜の声を上げる。
「もしかして、わざわざ来てくれたの?」
「うん、十萌が昨晩電話をくれたんだ。何か、リンが大変なことに巻き込まれて、落ち込んでるってね。だから、リオでのライブが終わってすぐ、駆け付けてきたんだ」
そういえば、三式島でも言っていた気がする。
ミュージシャンでもある彼は、祖国に戻ったら、レゲエライブの全国ツアーをやるんだって。
「何か、ごめんね。わたしなんかのために」
そう謝ると、ミゲーラは両腕を大きく開いて言う。
「Sem problema」
――ん、どういう意味だろう?
「日本語でいう、『なんくるないさー』って意味のポルトガル語だよ」
「いや、それ、沖縄弁だから」
日系三世とはいえ、その日本語の達者さに、わたしは思わず吹き出してしまう。
「あ、そうだっけ?そうそう、日本語で言うと、あれだ、『水が臭い』ってやつ」
「それを言うなら、『水臭い』だって」
わたしも思わず笑ってしまう。
それを見たミゲーラが、人差し指でわたしの頬を指して言う。
「やっぱり笑顔がイチバンだよ」
わたしはようやく気が付いた。
彼の日本語は、もっとカタコトだったことに。
たぶん、ミゲーラは、わたしを慰めようと、日本語を覚えてきてくれたんだろう。
凍えていた心が、すこしだけ暖かくなった気がする。
梨沙さんがわたしの肩を叩く。
「ミゲールと星がいるなら安心だな。大統領官邸は、トレス・ポデレス広場のプラナルト宮殿にある。ホテルまで外務ナンバーの車を送るから、それに乗ってきてくれ」
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わたしたちのホテルは、パラノア湖という湖の縁に立つ、瀟洒なホテルだった。
「パラノア湖は、人造湖なんだ」
チェックインの手続きをしながら、ミゲーラが言う。
「人造湖……って?」
「ブラジリア建設の際、もともと川だったものを、都市計画の一環としてせき止められたんだよ」
どうみても自然の風景にしか見えないこの湖もまた、人の手によって作られたということらしい。
サラが教えてくれる。
「ブラジリアは、ルシオ・コスタが都市全体の骨格を整え、オスカー・ニーマイヤーという建築家が、主要な建築物をデザインしたんだ。ほとんどこの二人が手掛けたからこそ、他の都市にはない統一感があるんだよ」
わたしはふと未来に想いを馳せる。
氷河期が訪れ、地下都市や水上都市が各地で建築されたとき、この世界はどんな景色になるんだろう。
――そういえば、アレクも建築家だった。
今まで建築物に特に興味はなかったけど、今度話を聞いてみたいかも…。
そんなとりとめもないことを考えていると、ホテルのコンシェルジュが、わたし達に送迎車の到着を告げる。
乗り込みながら、ミゲーラが言う。
「これから行くメトロポリタン大聖堂も、そのオスカー・ニーマイヤーの手によるものなんだよ」
車に揺られて約20分。
わたしは、広大なコンクリートの中に、突如咲き誇った白い花のような建築物に目を奪われた。
「え……、あれが教会?」




