第209話:リズム
星とわたしを乗せた飛行機が、ブラジルの首都・ブラジリアに到着したのは、ちょうど朝日が昇った頃だった。
何度も悪夢にうなされ、目を覚ましたけど、そのたびに隣で星が手を握り返してくれたおかげで、何とか眠ることができた。
かつておじいちゃんは言っていた。
「眠れるときに眠っておけ。戦いは、いつ始まるかは分からないからな」
わたしは目を擦りながらも、窓の外を見る。
不思議な形状の白いアーチが、朝日を受けて光る大河にかかっているのが見える。
星に訊ねると、「ああ、あれはJKブリッジだよ」と答えてくれる。
――JK?
思わず、女子高生を思い浮かべてしまう。
表情から察したのか、星が続ける。
「Juscelino Kubitschek――。ブラジリアの首都化を主導した、例のブラジル大統領の頭文字を取っているんだ。あのアーチは、水面を跳ねる石をイメージしているらしいよ」
確かに、よく見ると半円形の白いアーチの長さは、それぞれ異なっている。
さすが街全体が世界遺産に選ばれているだけあって、隅々まで都市デザインが統一されている気がする。
この都市を、80年前も前に、たった5年で建築したなんて……。
わたしは、”政治と民衆の意思”が一つの方向に集約された時の、力の強さを実感する。
もし、その力が、良い方向に向かい、国を超えて協力できるなら、氷河期到来という未曽有の危機にも立ち迎えるかもしれない。
――でも、それが間違った方向に進み、対立だけを生んでしまったら……。
一体、世界はどうなってしまうのだろう。
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一足早く飛行場に到着していた、梨沙さんが出迎えてくれる。
「風間首相、橘長官と外務高官たちは、お昼過ぎから、大統領との会談に入る予定だ。七海教授や九条十萌もそこに同席する。リンと星は、夜の晩餐会から参加してくれればいい」
わたしは、ほっと胸をなでおろす。
ブラジルの歴史に対して、まともに学んだこともないわたしが参加しても、完全に足手まといだろうから。
「夜まで、あたし案内してやりたかったんだけど、風間さんを放っておくわけにもいかなくてな。かわりにとっておきのガイドを用意しといたよ」
梨沙さんが言う。
「ガイド……?」
わたしは思わず身構える。
なんて言っても、ガイド役のルミに裏切られたのは、つい昨日のことなのだ。
見も知らずの相手を信頼するには、相応の覚悟と勇気がいる――。
19歳まで、日本で概ね平和に生きてきたわたしにとって、そんな感情が芽生えるとは正直思っても見なかった。
そのとき、背後から陽気な音楽が聞こえてきた。
それは、次第に大きくなり、音の発し手が近づいてくるのが分かる。
「え、これってまさか?」
5カ月前、初めて聴いたそのレゲエのリズムは、いまではすっかり馴染み深いものになっている。
彼から勧められて、何度も何度も聴いたから。
わたしは振り返る。
そこには、三式島での戦友・ミゲーラが、変わらない陽気な笑顔を浮かべて立っていた。




