第204話:天罰
「そのアバターは、ちょっとばかり厄介だ。ゆっくりと俺の目の前まで下ろしてこい。そいつの眉間を撃ち抜いてて破壊してやる」
上空に舞い上がったハヤブサ型アバターが、脳波操作による戦闘用兵器であることを、既に男は知っている。
星とルミを人質に取られている以上、急降下による不意打ちは通用しない。
わたしはアバターをゆっくりと降下させながら、男に尋ねる。
「どうして、あのアバターのことを知ってるの?」
「サウジで、あんだけ目立ってれば、そりゃあな」
リカルドが嗤う。
あのテロの一件は、関係者だけの間で伏せられているはずだった。
それを知っているということは、内通者がいるか、もしくは、教団自身が仕掛け人なのかのどちからだ。
わたしは、教団の底知れぬ影響力に慄然とする。
ライトニングが、5メートル頭上まで下りてくる。
それをちらりと見ると、リカルドは言う。
「いい子だ。なら、そいつを、俺とお前の対角線上にまで下ろしてこい」
やはり、相手はプロだ。
対角線にアバターを置けば、仮にライトニングが弾丸を回避できたとしても、その弾丸はわたしに直撃する。
リカルドの銃の標準が、アバターの眉間に合わさったとき。
星が呻くように、日本語でいった。
「雷……を」
男の注意が一瞬だが、星の方へと逸れる。
瞬間、わたしは、全力で脳波を飛ばす。
耳をつんざくような高音が、アバターの口から発せられる。
隼型アバターの体内に蓄積されていた”衝撃波”が、前方に向かって放たれる。
リカルドが引き金を引くよりも早く、その衝撃波が彼に直撃する。
彼の体が、弾かれたように後ろに倒れる。
手下の二人は、呆気にとられたようにこちらを見つめている。
「ライトニング!」
ハヤブサの影が、星を足蹴にしたオールバックの髪の毛に掴みかかる。
その隙にわたしは斜め前方に飛び、木の枝を掴むと、男の腹部に突きを喰らわせる。
オールバックの男は、髪を振り乱しながら、身体を”くの字”にして崩れ落ちる。
わたしは、そのまま棒を片手に、ルミをひょろりとした男の方に走っていく。
男は呆然としていたが、やがて状況を理解したらしく、声を震わせながら叫ぶ。
「こ、この女がどうなっても……」
その言葉が終わらないうちに、男の側頭部を殴りつける。彼の横に吹っ飛ぶ。
男の束縛が解かれ、倒れかかったルミを受け止めると、ゆっくりと地面に座らせる。
リカルドの呻き声が聞こえる。
わたしは彼の元に駆け寄り、その手からすかさず銃を奪うとともに、巨木から垂れていた蔓を引きちぎり、それで三人を両手を後ろで縛り上げた。
わたしは、ライトニングを自らの肩に泊まらせる。
その身体は、衝撃波生成の余波なのか、仄かに熱い。
サクサイワマンで受け取った、梨沙さんのメッセージを思い出す。
「こいつには、もう一つ新機能が搭載されてるんだ。それは……”サンダージェネレーター”だ」
全く意味が分かっていないわたしに、サラが仕組みと使い方を解説してくれる。
「つまり、アバター体内で空気を圧縮し、衝撃波に変えて、前方の敵に発射する機能だよ。銃と違って、相手に致命傷を与えるリスクはない。せいぜい、一時的に行動不能にする程度の威力なんだ」
有難い……と、その時に、素直に思った。
いくら世界の危機が目前に迫ろうとも、自ら人を殺めるなんてことは絶対にしたくない。
――けれど。
わたしは、目の前にうずくまるリカルドを見て、どす黒い気持ちが抑えられずにいた。
こいつは、わたしを、星を、ルミを暴力で従えようとした。そして、この男の祖先たちは、アタワルパを謀殺し、インカ文明そのものを破壊したのだ。
そんな奴らが天罰を喰らわないなんて、果たしてこの世は公平だと言えるのだろうか……。




