第202話:硝煙
「リン、リン!」
遠くからわたしを呼ぶ声がする。
わたしが目を開いた時、わたしは外に寝かされていた。
どうやらわたしは月の神殿で、意識が朦朧とし、リンとルミの二人に抱えられ外に出されたらしい。
――それにしても、さっきの、インカ族の集会らしきイメージは、一体何だったろう。
夢にしては、そのビジュアルも声も、あまりに鮮明に脳裏に刻まれている。
それを二人に伝えると、ルミが驚いたような表情をする。
「それと全く同じ話を、バルバラおばあちゃんから聞いたことがあります。かつて、スペイン人の侵略により、帝国全土を奪われ、この地に逃げてきたインカの民の話を……」
星が言葉を継ぐ。
「あの洞窟には、何かの煙が充満していた。恐らく、幻視作用のある何らかの煙が。それが、リンの脳に何らかのイメージを見せたのかもしれない」
「二人は特に影響はなかったの?」
「ちょっと煙いな……とは思ったけど、意識が乱れるほどじゃなかった」
ルミも同意するように頷く。
――ただ、と星が言う。
「リンは、一週間前にヴィクラムに脳を刺されている。何かのトリガーで、脳の一部の機能が敏感になったのかもしれない」
ゾーンに入ると脳機能が活発化する――。
てっきりそう思っていたけど、もしかしたらそれだけじゃない何かが起こっているのかもしれない。
なんせ、あの時わたしは、ヴィクラムに三度にわたって脳を刺されたのだから。
唯一、その影響が分かっているはずのヴィクラムは、既にこの世にはいない。
わたしの脳は一体どうなってしまったんだろう。
自分の意思で入れるゾーンの時ならともかく、ランダムに記憶が飛ぶとなると怖すぎる。
わたしの頬に冷や汗が伝わる。
頭の芯に鈍い痛みが走る。
「暫くの間、横になっていたがいいと思います」
ルミがそう言って、自分を上着を丸め、わたしの頭の下で枕のようにしてくれる。
「そういえば、リンさんのこのバックパックって……」
「あ、それは……」
どうやら失神したときに、洞窟に落としていたらしい。中身が無事かを確認するために、ジッパーを開けて覗き込んだ時……。
「Yo, Ricardo. Those guys who picked a fight with us yesterday—ain't they the same crew?(おい、リカルド。昨日俺らに喧嘩吹っかけてきたやつって、あいつらじゃねえのか?)」
聞き覚えのある声が、前方から聞こえてきた。
わたしは痛む頭を抑えながら、そちらに視線を投げかける。
――あいつらは……。
昨日、温泉に突き落とした天然パーマの巨漢とその仲間たちだった。
……ま、まずい。
わたしが身体を起こそうとした瞬間。
リーダー格の天然パーマの男が、二人の取り巻きに命令する。
「あの女は危険だ。まずは、男と民族衣装の女を抑えろ!」
オールバックで駐在の男が星の方へ、ひょろ長い短髪の男がルミの元に駆け寄る。
オールバックの男が、星の腹部をいきなり蹴りつける。
うっ……と呻き、星の体が降り曲がる。
もう一人の男が、ルミの方に近寄ると、羽交い絞めにする。
――許せない!
わたしは、咄嗟に周囲を見渡し、武器となりそうな棒状の物を探す。
右斜め前方2メートルほど先に、木の枝を見つけたわたしが立ち上がった刹那。
パンッ!
乾いた破裂音が響き、わたしの足元の地面が抉られる。
男の手には、硝煙をくゆらせるハンドガンが握られていた。