表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第15章:南米・とある文明の誕生と消滅【2029年12月26日】
201/293

第201話:月の神殿

挿絵(By みてみん)


「え!?ここを進むの?」

 わたしは思わずルミに訊ねる。


 巨岩と巨岩との間には、大人一人、かろうじて入れるかどうかの隙間しかない。

「はい。ここが、”月の神殿”へと至る唯一の道なんです」


 体を横にし、服を擦りながらも、どうにか岩場をすり抜けたわたしと星に、ルミが言う。

「ここからは少し、キツくなります」


 木の根を掴み、狭い岩場をよじ登り、木々の間を抜けること約30分間。

 星はもちろん、わたしでさえも、息が切れ始めたころ……。


「あそこです」

 ルミが、前方に見えてきた、洞窟の入り口らしき場所を指差した。


 入口付近は草で覆われているものの、その周囲は明らかな人造の建築物が囲んでいる。

「月の神殿は、あの洞窟の中にあるんです」


 ――神殿というからには、なんとなく巨大な石造建造物だと思っていた。

 けどどうやら、天然の洞窟と、インカの石工技術を組み合わせて作られているらしい。


 ルミが洞窟の中に足を進める。

 次いで、わたしと星が中に入る。


 急に日陰に入ったせいか、ひやりとした感覚がわたしたちを包む。

 それに何だか、洞窟全体に嗅いだことのない不思議なにおいが充満している。まるで香木か何かを焚いているような……。


 薄闇の中、目を凝らすと、そこには祭壇のようなものがあった。


「お座りください」

 わたしたちは、岩場に腰掛ける。


「ここで代々、”ママ・キリャ”を祀る祭事が行われてきたんです」

「ママ・キリャって、どんな神様だったの?」

 わたしの問いに、ルミが淀みなく答える。


「彼女は月の女神と呼ばれ、太陽神インティの妻とされています。インティが『昼と男性』の象徴であり、農業などを司っていた対し、ママ・キリャは『夜と女性』を象徴していました。つまり、インティと、ママ・キリャは対となる存在なんです」


 星が興味深そうに手を叩く。

「そうか。マチュ・ピチュでは太陽を、そしてこの神殿では、月の運行を測定していたんだね」


「ええ。この洞窟への光の差し込み具合によって、満月や新月といった時期が分かるようになっているんです。太陽、そして月が、インカにとっての暦そのものでしたから」


 ルミの声が洞窟内に響く。

 民族衣装をまとう彼女の姿は、霊媒師(シャーマン)のようにも見えてきた。


 実際、大叔母であるバルバラがそうであった以上、彼女もまたその素質はあるのかもしれない。


 煙のようなものが彼女を纏い始める。

 次第に彼女の声が遠くなっていく。


 そしてわたしは、そっと目を閉じた。


 **********


 不思議な夢を見た。

 ルミに似た面影を持つ、けれどボロボロの衣をまとった女が、月の光が差し込む洞窟の中で、何かを叫んでいる。


 その前にはいずれも民族衣装をまとった男女が、車座になって座っている。


 その声は、バルバラのものに酷似している。

 けれど、その女の右目には大きな傷跡がある。

 

 残る右目に燃え盛る憤怒と憎悪の怒りが、見る者を圧倒する。


 意識を集中すると、分からないはずの彼女言葉の意味が、なぜか鮮明に脳内に響いてきた。


「インカの民は、今こそ立ち上がるべきよ。捕われ、殺されたアタワルパ様の無念を晴らし、われらの土地を取り戻すために!」


 目の前の男が、伏し目がちに言う。

「ピサロは”神殺し”だ。それに奴らは”火を噴く棒”を持っている。逆らうことなんて出来ない」


「奴らはただの卑怯者だ。皇帝を騙し、黄金を奪った略奪者にすぎない」

 隻眼の女が否定する。


 別の男が暗い表情でつぶやく。

「だが、仲間たちの多くは、彼らの”呪い”によって既に斃れている」


「違う!あれは、海の向こうからもたらされた疫病なんだ。神の呪いなんかじゃない。騙されるな!」

 女はなおも抵抗する。


 だが、目の前の男たちはざわめくだけで、目を合わせようとしない。


 最年長の、長老らしき男が立ち上がる。

「まだ、時は満ちていない」


 そう言って、女の肩を掴む。

「幸い、この地は奴らには見つかっていない。やがて神が、皇帝が再臨したときの為に、存在そのものを隠し続けるべきだ」


 なおも、女は抵抗し、何かを叫んだ。

 けれど、次第にその声は小さくなり、聞こえなくなっていく……。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ