第200話:マチュ・ピチュとワイナ・ピチュ
「この”新しき峰”には、月の神殿があるんです」
切り立つ崖ものともせず、ルミは山道を軽快に登っていく。
「インカ帝国って、太陽神以外の神も信じられていたの?」
「はい。太陽神が有名ですが、それだけではありません。最上位神で、宇宙を創造した”ウィラコチャ”、豊穣と自然の象徴である”パチャママ”、そして、今から向かう月の神殿を司る”ママ・キリャ”など、様々な神が共存していました」
「何だか八百万の神様がいたっていう、日本みたいだね」
こうして海外に来てみるまでは、世界の宗教は一神教だけなのかと思っていた。
でも、インドのヒンドゥー教がそうであるように、世界の宗教はもっともっと多様なんだと実感する。
「信者の数だけで言えば、確かに、今では一神教の信者の方が多くなっている。でも、ギリシャやインドがそうだったように、原始の宗教はもともと多神教が多かったんだ」
「じゃ、どうして今は、一神教が優勢になったの?」
「いろんな事情はあったんだろうけど、一神教の方が統治者がコントロールしやすい……っていう側面は大きかったと思う」
星が、次第に息を切らしながら言う。
やっぱり、二千メートルを超える高地で、喋りながら登るのはキツイようだ。
ルミが頷く。
「だからこそスペイン人たちは、インカの民にキリスト教への改宗を強いたのです。ただ、民も、自らの信仰を完全に放棄したわけではありませんでした。例えば、キリスト教の聖人崇拝に、太陽神崇拝の要素を取り込んだりすることで、どうにか信仰を守ろうとしのです」
わたしは、クスコで見た太陽神殿を思い起こした。
確かにあれも、インカの神殿を土台の上に、キリスト教の修道院が建てられていた。あの神殿にも、インカの民の様々な想いが込められていたのだろう。
「あの岩場を登れば山頂です。頑張ってください」
ルミが励ますように言う。
目の前には切り立つ崖に作られた石の階段がある。
わたしはふらつき始めた星の手を取りながら、一緒に登っていく。
――着いた。
ワイナ・ピチュの頂きには絶景が広がっていた。
標高2500メートルのマチュ・ピチュよりも、さらに300メートルほど高いこの場所からは、マチュ・ピチュの全貌が見渡せる。
「マチュ・ピチュは、翼を広げたコンドルの姿を模して建築されたと言われているんです」
――そ、そうなんだ。
星座と一緒で、言われてみるとそう見えてくるから不思議だ。
爽やかな風が吹き抜ける。
きっと古代インカの人は、この地に立って鳥の気持ちを想像したに違いない。
「でもなんで、こんな場所に都市を建築しようとしたの?」
ピラミッドも確かにすごかったけど、あそこはまだ砂漠の上だった。
けどマチュ・ピチュは山の上なのだ。都市建築に必要な材料を運び込むだけでも、想像を絶する大変さだったはずだ。
――まだ完全には解明はされてませんが、とルミは言う。
「ここが、インカ帝国成立前から神聖な土地だったから、この地が選ばれたと言われています。つまり、インカ帝国もまた、先人たちが築いた礎の上に立っていたのです」




