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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第3章:好敵手たち【2029年7月22日】
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第20話:十年越しの決戦

挿絵(By みてみん)


 四人目の対戦相手は、さっき勝手にわたしの手にキスしてきたスペインの伊達男プレイボーイ、アレクだ。


 「Ready, Fight!(始め!)」


 わたしは、今まで以上に緊張感を高める。

 さっきは驚いてひっぱたけなかった。けど近づいてきたら、次こそ、その頭面に一発叩き込んでやる。


 そんなわたしの意気込みをよそに、アレクはわたしに背を向けて、すたすたと後方へと向かって歩いていってしまう。


 背中ががら空きだ。

 ただ距離を取るということは、彼の武器も銃なんだろうか。


 剣道の動きは基本的に縦の動きが多い。

 だけど、飛び道具を想定した場合、縦だけだと的を絞られやすい。


 だから、そのため、私はまずは一気に間合いを詰める作戦に出る。


 的を絞らせないようにジグザグにダッシュし、至近距離に到達したら、跳躍して面、もしくは足を斬り、身動きを取れなくする。


 現代剣道では決して使わない技だ。


 だけど、エリ―が暴漢に襲われて以来、わたしは過去の剣術もひたすら研究してきた。より原始的で、相手を倒すことに特化した剣術を。

 

 射程圏内まで、あと数歩。

 一気に距離を縮めるため、わたしは跳躍した。


――届く!

 

 そう確信した瞬間、左肩に(にぶ)い衝撃が走った。

 

 いつの間にか、アレクはこちらを向いている。

 そして、わたしの左肩から、30cmほどの矢が生えている。


 射貫かれた野鳥のように、そのまま地面に落ちるわたし。


 ――しまった。

 今度は弓矢使いか。


 でも、まだ右腕がある。

 今度は、低い体勢から、アレクの地に這わせるような軌道で竹刀を横に切る。


 剣道でいう「足斬り」、居合術でいう「霞」だ。


 「やっぱりね」

 そう渋い声でいって、アレクは斜め後ろに跳びながら、第二射を私の右肩に叩き込む。


 動く標的を射ることでさえ難しいのに、自分も跳びながら、相手を射貫くなんて、並大抵の腕前じゃない。


 だけど、それによって、相手にも矢の軌道を読ませないという効果がある。

思えば、第一射も、振り向きざまの一撃だった。


「ごめんね、これでもアーチェリーの元五輪代表なんだ」


 両肩を矢で貫かれたわたしの手から、竹刀が落ちる。

「ソジュンの戦いを見ていて、軌道を読まれると、撃ち落されると思ったからね」


「まだやる?」

 アレクは、弓を構えたまま、わたしに聞いてくる。


「参りました」

 わたしは自分から敗北を申し出た。

 両腕を封じられれば、もう打ち手はないし、アレクにも油断はない。


 これで、四連敗。


 失望感に打ちひしがれる。


 バーチャルなゲームだとはいえ、わたしの唯一の特技のはずの剣道で、ここまで連敗を喫したのは初めてだった。

 

 さすが世界から選ばれただけあって、全員、とてつもなく強い。



**********


ただ、次だけは負けられない。

最後の対戦相手は、あのエリ―なんだから。


バーチャルなゲームとはいえ、再び刃を交える日がくるなんて……・

わたしは試合前にもかかわらず、感情の高ぶりを抑えられなかった。


それはエリーも同様のようで、声色が揺れている。

「リンちゃんに、わたしの全てをぶつけるね」


「Ready, Fight!」

試合開始の声が響く。


 他のメンバーが戦闘開始まで、切り札を隠し持っていたのに対し、エリ―ははじめから隠すつもりなどないようだ。


 わたしは一目で、その剣技の源流が分かった。

――「二刀円明流」


 かの剣豪、宮本武蔵の生み出した剣技だ。

 右手に大太刀、左手に小太刀という、二刀の構え。


 剣技を習ったことがない人にとって、単純に剣は一本より二本の方が有利と思うかもしれない。


 だけど、本当の意味で二刀を使いこなすためには、腕力のみならず、右脳と左脳を総動員させた高度な技術が必要となる。


 例えば、右手で〇、左手で△を同時に書くのが難しいように、大半の人は、二刀にすることで力と集中力が分散してしまう。


 結果として、むしろ一刀の場合よりも弱くなってしまうのが現実だ。


 その堂に入った構えを見るだけで、それが付け焼刃でないことが分かる。

 決して油断はできない。


 わたしは正眼に構える。

 どんな打撃でも、受けきって見せる。

 

 やああああ!

 

 裂帛の気合とともに、エリ―が跳ねた。

 大太刀を正面から叩きつけてくる。

 早い!


 隙あらば抜き銅を狙っていたが、そんな隙など一分もなかった。


 わたしが、上段で竹刀を受け止めようとすると、空いた胴にエリ―は小太刀で斬り付けてくる。

 私は、思い切って踏み込み、エリ―と体を密着することで胴を封じる。


 つばぜり合いの状態となった。

 ゲームのはずなのに、エリ―の体温や息遣いを感じる。


 エリーの身体を跳ねのける形で、一度体を離し、再び正眼に戻る。


 「ああああああああ」

 エリーはふたたび、左右の斬撃を繰り返す。


 加速し続ける二本の剣戟は、まるで二体の生きた獣のようだ。

 隙を見せれば一瞬で噛み殺される。


 わたしは、あらためて、エリ―の心に宿る激情を想った。

 動けなかった10年間もの間、何度も何度も、この瞬間をイメージトレーニングをしてきたんだろう。


 ――このままでは勝てない。

 わたしは直観した。

 このまま防御に回っていれば、時間稼ぎになりこそすれ、いずれそのどちらかの刃が、私を切り裂くだろう。


 わたしは、何度も何度も読み返した、エリ―の手紙の一節を思い出す。


 りんちゃん、せかいでいちばんつよくなってください。


 ――ここで、わたしは退くわけにはいかない。

 誰に、何度負けようとも、エリーにだけには、諦めた背中は見せられない。


 でも一体どうすれば……。


 そのとき。

 

 わたしたちの目の前を、わずかな羽音がし、何かが横切った気配がした。

 あれは、トンボ?


 エリーは気づいていない。


 ということは、ゲーム世界ではなく、VRゴーグルをかぶっているわたしの顔の前を横切ったということだろうか。


 わたしは、少し落ち着きを取り戻す。

 そして、一度間合いを取り直した。


 そして、錬司さんとの試合の二本目を思い出す。

 あの時あって、今はないものは何か。

 

 それは俯瞰目線だ。

 慣れない脳波操作に意識が取られすぎて、完全に視野が狭くなっていた。


「心眼」

 心の目で、自分と相手を俯瞰でみること。


 わたしは目を細め、無風の水面に、一滴の雫が落ちるイメージする。

 水滴が触れた瞬間、何重にも広がっていく波紋のように。


 考えるのでなく、感じるのでさえもなく、ただただ、そこには反射がある。

 わたしは、あの時と同じく、自分自身を俯瞰してみているような感触に囚われた。


 まるで幽体離脱したかのように、空中から自分自身を見つめている。

あたかも、先ほどの蜻蛉に自分が乗り移ったかのようにー。


 エリ―の右大太刀がわたしの脳天に届こうとする刹那。

 

 わたしの竹刀がごく自然に、弧を描きはじめた。


 ――これは……。 

 わたしの知らない動き?


 左下から描かれ始めた弧は、まずはエリーの右小手を、左下から跳ね上げた。

 衝撃で、エリ―の大太刀が宙に飛んだ。


 次いで竹刀は、流れるようにエリーの左の小手を叩く。

 今度は、左大太刀が地面に叩き落ちる。


 その流れのままに、わたしの手は、弧の最後の一振りを完成させる。

 エリ―の頭上に、竹刀がピタッと止まる。

 

 何が起こったのか分からないという風に、一瞬立ち尽くすエリー。


 両手から消えた二本の太刀の行方を確かめると、やがて

「参りました」

と静かに声を発した。


「お見事! 勝負ありね」

十萌さんの声だ。


 見学していたアレク、ミゲーラ、そしてソジュンが拍手をし、私の周りを取り囲む。

 よく聞き取れないけど、褒めてくれているのは分かる。


 少し遅れて、車いすのエリーが近づいてくる。


 彼女はいつもの満面の笑みで言ってくれた。

「やっぱり、リンちゃんはわたしのヒーローだね」


 わたしは、ぎゅっとエリーを抱きしめた。


挿絵(By みてみん)

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