第199話:四つの峰
2029年12月29日 ペルー・アグアス・カリエンテス
「ふぁぁぁ」
朝靄に煙るアグアス・カリエンテスのバス停で、わたしとはルミは、二人して大きなあくびをする。
時計に目をやると、短針はまだ5と6の間をうろちょろしている。
――ね、眠い。
昨晩、温泉で、あの酔っ払い痴漢野郎を撃退したわたしたちは、彼らのことを苦々しく思っていた他の観光客から是非にと誘われ、結局晩御飯を奢ってもらうことになった。
宴は夜中まで続き、部屋に帰っても、ルミとのガールズトークに耽っていたせいで、深い眠りにつく前に、バスの出発時間になってしまったという感じだった。
「あ、あのバスだね」
星が、変わらない元気さで、わたし達に声をかける。
ブルブルブルと旧式のエンジン音を奏でるバスに乗り込むと、バスは真向いの山の方へと向かって走り出していく。
「え!? ”忘れられた都市”って、あの山にあるの!?」
ルミが頷く。
「はい。だからこそ、長い間、外部の民に忘れ去られていたのです」
揺れる山道を、三十分ほど登っていただろうか。
バスが止り、そこから少しだけ歩くと、突如、その都市は現れた。
わたしは、この光景を一生忘れないだろう。
朝日が降り注ぐ空中都市は、まるで奇跡のような完璧さをもって、わたしの眼前に広がっていた。
まるで絵画を描くかように、峰全体に巡らされた石像建築に、山や草の緑が映え、それに黄金の陽光が彩りを加えられている。
「これが”忘れられた都市”、マチュ・ピチュだよ」
星が静かに言う。
刻一刻と角度を変える陽光が、その瞬間ごとに異なる表情を演出する。
わたしはその場に座りこみ、宝石のような風景に心を奪われていた。
同じ景色を見ていたルミが口を開く。
「”マチュ・ピチュ”というのは、ケチュア語で言う”古き峰”という意味なんです。そして、北方に見えるのが、”新しい峰”を意味する、ワイナ・ピチュです」
へえ。。。
「それに、南の”大いなる峰”・マチュピチュ山、東に位置する”幸せの峰”プティクシ……。この4つの峰で、それぞれインカの祭事が行われていたんです」
「てっきり、一つの山だけを指すのかと思ってた……」
「それぞれに、意味があるんです。北のワイナ・ピチュは『天界』を表し、南のマチュ・ピチュ山は地下界、すなわち『死と再生』を象徴しています。日が昇る東のプティクシは『新しい始まり』、そして今いるこのマチュ・ピチュは、『現世』を示しているんです」
……そ、そうなんだ。
ちょっと情報量が多すぎて、頭がパンクしそうになってくる。
ルミが、前方の”新しき峰”を指差して言う。
「五感で感じた方がいいいかもしれません。今から一緒に、あの『天界』に登ってみませんか?」