第194話:征服者
「あたし達の祖先は、この地で太陽神を崇めていた。幾度もの破壊を経てなお、その痕跡が色濃く残されているんだ」
バルバラは、青空の下に広がるゲートをくぐる。
かつては機能を完璧に備えていたはずの石造建築は、今では屋根は失われ、壁も崩れかけている。
「サクサイワマンは、もともとは30キロメートル四方の広大な敷地に建てられた宗教的施設であり、要塞でもあったんだ。侵略者たちのせいで、現存しているのは1割ほどだけどね」
「侵略者って?」
「ピサロとその手下どもさ」
ピサロという名前には、どこか聞き覚えがあった。
わたしはサラに尋ねてみる。
「フランシスコ・ピサロは、15世紀に生まれたスペインの征服者さ。現在のハイチやドミニカを経て、パナマで財を成した後、たった百数十名でインカ帝国を滅亡させたんだよ」
「え、でもインカ帝国って、南米の多くの国に跨っていた大国なんですよね?なんでそんな少数の征服者にやられてしまったの?」
バルバラが口を挟む。
「ピサロの策略がそれだけ悪魔的だったてことさ。ピサロは、よりによってインカ皇帝のアタワルパ様との会談の場で、奇襲を仕掛け、彼を捕縛したんだ」
「え、会談の場で?」
――そんなのアリなんだろうか。
「さらにピサロは、アタワルパ様の解放の条件として部屋一杯の金と、二部屋分の銀を要求した。インカ全土の民は必死で財宝をかき集め、その要求に応えたんだ。だが、財宝を受け取ったピサロは、皇帝を『反逆罪』の名目で処刑した」
わたしは言葉を失った。
外交上の約束も何もあったもんじゃない。
「皇帝の処刑後、奴らは、このサクサイワマンを軍事拠点として利用した。支配が確定的になった後は、聖なる塔や壁を解体して、自らの植民地建築に変えてしまったんだ」
バルバラの双眸が怒りに燃える。
まるで、そのアタワルパの無念をその身に宿したかのような怒気に、わたしは思わず呑まれる。
「で、でも仮に皇帝を斃したとして、その後も圧倒的に数の多いインカの民全体を統治し続けることなんて可能なんでしょうか?」
わたしの問いに、バルバラの瞳が悲しみに翳る。
「”太陽の息子”であり、”半神”とされていた皇帝が殺害されたのは、インカの民にとってはそれだけ衝撃的だったことさ。だが、大局的に見ると、それよりも決定的だったのは、奴らが持ち込んだ天然痘による人口激減さ」
そう言って、バルバラはその小さな拳を握りしめる。
「ワクチンもない500年前、天然痘はまさに”死の呪い”だった。奴らはそうした災厄さえも利用して、南米の植民地化を進めていった。そんな奴らが、海の向こうでは英雄と見なされているのが、あたしには堪らなく悔しいのさ」
わたしの脳裏に、どこかで聞いたはずの言葉がよぎった。
「ある国で侵略者とみなされている存在が、他国で英雄とされていることもあるんだ」