第193話:地球が一たび太陽を巡る間に
二匹のアルパカが連れて行ってくれたのは、様々な形の岩が隙間なく積み上げられた巨大建造物の前だった。
石壁の前には、民族衣装に身を包んだ一人の小柄な老婆が佇んでいる。
アルパカたちは、与えられた使命が完了したとでも告げるかのように、老婆の前で立ち止まる。
老婆が何か聞き取れない言葉を呟き、その毛を一撫ですると、やがて二匹のアルパカは、来た時と同じマイペースさで、どこへともなく去っていった。
「Mama!」
ルミが、その老婆に声をかける。
――ママ?
ルミの母さんはあのチチャのお店のおかみさんじゃないんだろうか?
わたしのそんな怪訝な表情を見て、ルミが慌てて説明してくれる。
「私達ケチュア族の言葉で”Mama”というのは、おばあちゃんのことも指すの」
その老婆は顔を上げると、目を細めて、わたし達を見る。
その顔の皺の深さからして、80歳、もしかしたら90歳近いのかもしれない。
物語に出てくる古の村の長のような、なんだか不思議な風格を湛えている。
「おや、新しいお客さんかい?」
「うん。さっき、お母さんのお店に来てくれたの。インカの歴史に興味があるみたいだから、おばあちゃんに話を聞こうかと思って」
「ほう…。めずらしいね。外国の、しかもこんな子供たちときた」
――実はもう20歳なんですけど……と言おうとして思いとどまる。
このおばあちゃんにとっては、5年や10年なんて誤差に過ぎないはずだから。
「少し長くなる。遺跡を案内しながら話すとしようか」
そう言って、おばあちゃんは腰を上げる。
星が手を差し伸べ、おばあちゃんがそれを掴む。
「なかなかいい眼をしているね。名前は?」
「七海星です。Napaykullayki」
現地の言葉らしきものを交えて、星が挨拶する。
「ほう。その年でケチュア語を知っているとは……。あたしはバルバラ。この子の大叔母に当たる者さ」
そう、なまりの強い英語で言って今度はわたしの顔をじっと見る。
「あんたは……」
「あ、わたし、深山リンっていいます」
「ふぅむ。滅多にない相をしているね」
――?
「あんたはいずれ、世界を変える決断をしなければならない。自身が、望む、望まざるとね」
「え、それって、どういう……?」
わたしが訊ねると、バルバラは意味深に首を傾ける。
「今はまだ、分岐点が多すぎる。けれど、この地球が太陽を一巡りする間に、分岐は徐々に収斂し、やがて二つの道へと繋がっていくだろう」
スマホの時計は、2029年12月28日を指している。
地球が太陽が一巡りする間……ということは、つまり2030年の1年の間に何かが起こるということだ。まるで、世界の激変を予知するかのようなその言葉に、思わず戸惑う。
「バルバラおばあちゃんの占いは、よく当たるのよ。なんて言ったってCamascas、つまり、インカのシャーマンの血を引いているんだから」
「全ては太陽神の思し召しさ。ついておいで」
バルバラがしっかりとした足取りで歩き始めると、かろうじてその外観を保つ、門のような場所の前に立つ。
かつて天井まで石造りで覆われていたはずの遺跡が、その輪郭だけを残して青空の下に残されている。
「あたし達の祖先は、この地で太陽神を崇めていた。スペイン人による幾度もの破壊を経てなお、その痕跡が色濃く残されているんだ」