第192話:虹の山
「アルパカも、私達を歓迎してくれているみたい」
ルミがそう言って微笑む。
白と茶色のアルパカたちは、まるでキスするくらいに顔を近づけてくる。
茶色のアルパカが、ぺろっと星の顔をなめる。
――さすが星。動物にまで愛されている。
「アルパカの毛は、防寒具として使われてるんだ。もっとも、12月はまだ、夏だからいらないだろうけど……」
星がそう言いながら、アルパカのモコモコした毛を撫でる。
……そっか。
よく考えると南半球であるペルーは、日本とは季節が反対なんだ。
そんなシンプルなことも、実際に来てみないと実感が湧かない。
「夏でも、Vinicuncaあたりは、夜は氷点下にまで下がるわ」
――ビクニンカって?
わたしはサラに訊ねる。
「Vinicuncaというのは、虹の山と呼ばれる名所だよ」
そう言って、サラが画像をいくつか投影してくれる。
「え!? こんな山がほんとに実在するの?」
わたしが思わずそう呟いてしまうほど、その景色は非現実的だった。
“虹の山”とは、比喩的な呼び名ではなく、地表そのもののが虹色に彩られていたのだ。
「標高は5000メートルを超えてるから、冬になるとマイナス10度にまで下がるんだ」
サラがそう教えてくる。
あまりにも美しいその外観からは想像もつかないけど、虹の山もまた、厳しい自然の一つなんだ。
「アルパカは、インカの時代から、ケチュア族にとって生活に欠かせない存在なんです。かつてはインカの王族の衣裳として使われていた高級素材ですし、それにお肉も美味しいんですよ」
え、食べるの?
――こんな可愛い生き物を……と言おうとして思いとどまる。
日本人が普段食べている牛や豚だって、他の文化の人からみたら”可愛い動物”なのかもしれないから……。
わたしが、その肉の味を想像していると、白い方のアルパカが、突然わたしの方に向かって唾を吐いてきた。
「え、な、なに?」
わたしがすんでのところで唾を躱すと、ルミが笑いながら言う。
「あ、アルパカ、怒ると唾を吐くので気を付けてくださいね」
――このアルパカ、もしや人間の気持ちが分かるんじゃ……。
そう思いながらルミの方を見ると、その手には、いつの間にか花束が握られていた。
「サクサイワマンに眠る、ご先祖たちに供えるんです」
そう言って、彼女は2匹のアルパカに声をかける。
「さ、案内して。わたし達の聖地に」