第191話:3400メートルの世界
「この子の名はRumi。よかったら、ケチュア族の聖地・サクサイワマンを案内させるけど、どうだい?」
突然申し出に驚きながらも、わたしは、目の前の可憐な少女・ルミに訊ねる。
年齢は16~7歳ぐらいだろうか。
「サクサイワマンって、どんな場所なんですか?」
「サクサイワマンは、皇帝パチャクティによって建てられた約500年前の遺跡なんです。もっとも、スペイン人の侵略で、一部しか残っていませんが……」
ルミが、南米特有のなまりはあるものの、聞き取りやすい英語で話してくれる。
「確かパチャクティーって、確か広場に金の銅像が建てられていた人だよね……?」
そう訊ねたわたしに、星が頷く。
「うん。インカ帝国の最盛期を築いた皇帝の一人だよ。いやぁ、でもインカの末裔のケチュア族に案内してもらえるなんてね」
感動しきりの星と、それを満足気に見つめるおかみさん。
……な、なんだか、断りづらい展開になってきた。
「じゃ、じゃあ、お願いできますか?」
おかみさんは「もちろんだよ」と笑みを浮かべると、「15分で支度しな」とルミに指示を出す。
おかみさんの恰幅のよさも相まって、『天空の城ラピュタ』の海賊船長・ドーラのセリフを思い出させ、危うく笑いそうになる。
「うん!」
ルミは頷くと、パタパタとサンダルを響かせながら、再び奥の部屋へと戻っていった。
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きっちり15分後、奥の部屋から戻ってきたルミは、さっきまで見ていた”太陽神の祭りの映像からできたかのようだった。
鮮やかな赤を基調とした上着に、青や銀の模様が施されたスカーフのようなものが付けられ、ふわりと舞うスカートにも刺繍がちりばめられている。
「綺麗……」
わたしが呟くと、ルミが照れたようにはにかむ。
「これは、この地の伝統衣装なんだ。ちょっと現代風にアレンジされてはいるけどね。聖地に行くんだから、それなりの恰好をしなきゃね」
「これで花を買ってきな」
そう言って、おかみさんがルミに、しわくちゃの紙幣を手渡す。
「そういえば、お礼って……」
わたしはなんだか申し訳なくなって、お金を払おうとする。
けれど、サイフの中にあったのは、日本円とインドルピーだけだった。
そんな様子を見ておかみさんがわたしの背中を叩く。
「子供がそんなこと、気にしなさんな。ただ、あの子の友達になってくれれば、あたしはそれで嬉しいんだよ」
お礼を言って店を出たわたしと星に、ふわりとスカートをなびかせたルミが言う。
「サクサイワマンは、ここから徒歩で45分ほどよ。もし息が苦しくなったら言ってね」
――さすがに、1時間足らずの散歩で大袈裟な気がする。
そう思った30分後。
後ろの星が、はぁはぁと息を切らしている。
ようやくわたしは気付いた。
――ここの空気は、明らかに薄いのだ。
「クスコの標高は、3400メートルなの」
「え、街全体がほぼ富士山頂と一緒ってこと?」
「私達は慣れてるけど、外国の人は高山病になることもあるわ。だからしっかり休憩をとらきゃね」
ルミが、ボトルに入れたチチャを星とわたしに手渡してくれる。
口に含むと、自然な甘みが身体に染みわたる。
”ぷぅぅぅぅ”
その時、背後からラッパの合奏ような声を聞こえた。
思わずわたしが振り返ると、4つのつぶらすぎる瞳が覗き込んでくる。
――これって、たしか……。
負けずに愛くるしい笑顔で、ルミが言う。
「アルパカよ。どうやら、私達を歓迎してくれているみたい」