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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第15章:南米・とある文明の誕生と消滅【2029年12月26日】
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第188話:記憶の濃淡

挿絵(By みてみん)


 気が付くと、わたしの頬には涙が伝っていた。

 ナスカ文明が滅び、それでもなお、その記録としての地上絵が残っていることに、不思議なほどの寂しさを覚えていたから。


「ねえ、星。記憶と記録の違いって何だと思う?」

 星は、わたしの表情を見て、ちょっとだけ考え、やがて口を開く。


「たぶん、”濃淡”の違いだと思う」

「濃淡?」


「記録には、濃淡が存在しない。ただ、記録媒体の容量(キャパ)の限り、客観的に記録し続けるんだ。そこでは、文明の始まりも、営みも、そして終わりも、全くの等価だ」


 ――でも、と星は続ける。

「記憶は違う。濃く深く脳裏に刻まれる事もあれば、記憶にさえとどまらない淡い出来事も存在する。そして、濃い記憶であればあるほど、長く脳に記憶されていく」


 星の指が、私の頬の涙を拭う。

「この感情もまた、”記憶”がもたらしているんだと思うよ」


 わたしはそっと目を閉じた。

 そして、かつてこの地に住んでいたひとたちのことを想う。


 来る日も来る日も、一心不乱にこの地上絵を描き続けていたナスカの住民たちのことを。

 それは、空に浮かぶ雲のように不確かで、それでいて強い実在感を持ってわたしの胸に迫ってきた。


 **********


 荒野の遠く向こうから、声が聞こえてくる。


 目を向けると、梨沙さんがジャックとともに歩いてくる。

 30近く歳が離れている二人は、まるで親子のようだ。


「”胸に迫る何か”はあったか?」

 梨沙さんの問いに、わたしは曖昧に頷く。

「はい……。でも、それが何なのかは、上手く言い表せないんですけど」


「そのての想いは、無理やり言語化する必要なんてない。ただ、感じればいい」

 梨沙さんはそう言ってわたしの髪を、くしゃっと掴む。


 学生時代、バックパッカーとして、彼女もこの地を踏んだらしい。

「あのときは、乗り合いセスナのパイロットの腕が最悪でな。後部座席のカップルがあたしの背中に壮大にゲロを振りまいて、大変だったよ」


 梨沙さんが笑いながら言う。

「卒業旅行だったから、8年も前の話だ。そんだけ経つと、最悪な思い出も、いい思い出に変わるもんだな」


 わたしは、8年前の自分に想いを馳せる。

 それは小6のころ。

 わたしと星が、ちょうどカイに出会ったころだ。


 親友から裏切られ、教団の魔の手から逃れて日本に来たカイ。

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 そのことを星に告げると、少し考えながらも、こう言った。

「それって、”記憶の塗り替え”かもしれないね」


 ――え? 塗り替えって?


「あの時、誘拐の事実は、僕たちには隠されていたはずだから。でも、一昨日の告白によって、リンの脳の中のカイのイメージが変化したのかもしれない」


 言われて見ると確かにそうだ。

 よくよく考えれば、誘拐のことなんて思いもよらず、ただ”生意気”な少年だとしか感じていなかった気がする。


 それなのに、今のわたしの脳裏には悲しそうなカイの表情が、ありありと浮かんでいる。


 もしかして、記憶というのは、まるで細胞のように、自動的に塗り替え続けられるものなのだろうか?

 当時は”最悪”だったはずの、この地での梨沙さんの記憶が、今では”笑える思い出”へと変わっているように。


 そんなもの思いにふけりながら歩き続けてくると、セスナの姿が見えてくる。


「さあ、次が本命の、インカ遺跡巡りだ」

 そう言って、梨沙さんがセスナ機の後部座席を開け、わたし達を座らせる。


 そうして、自分はごくごく自然にパイロット席に乗り込んだ。

 次いで、ジャックは副操縦席に座り、シートベルトを締める。


「え、今回、梨沙さんが操縦するんですか?」

 わたしの仄かな不安気な口調を感じ取ったのだろう。


 梨沙さんは、口を尖らせ、挑戦的な口調で言う。

「安心しろよ。吐く暇もない操縦技術(テク)を見せてやるから」


挿絵(By みてみん)

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