第183話:揺ぎ無いもの
――”揺ぎない心の礎”……。
わたしは、十萌さんの言葉を反芻する。
思えば、わたしは今までの人生において、一度もそれを持てたことがなかった。
同じ年なのに自分の道を突き進む星やカイを見ると、羨ましいと思うとともに、ずっと自分自身に負い目を感じていた。
だからこそ、”揺ぎ無い自分”を求めてインドに独り旅をしたはずなのに、結局は、脳を刺されて気を失い、梨沙さんたちに救助される始末だ。
「一体、どうしたら揺ぎ無い自我に至れるんですか?」
十萌さんは首を振る。
「残念ながら、それは私にも分からない。仏教でいう”悟り”かもしれないし、キリスト教の”啓示”なのかもしれない。あるいはまったく別の道が存在している可能性もある」
「で、でも、氷河期到来が事実が公になって、世界が大混乱に陥るまで、あと数カ月しかないんですよね。だったら、そんな悠長なことをやっている場合じゃないんじゃ……」
―――でも”答えに近いもの”があるんだったら、それを教えてほしい。
そう訴えるわたしに、珍しく十萌さんが語気を強めた。
「安易に答えを求めようとする心、それこそが、”魂を支配する者たち”に付け入られる隙になるわ。だから、たとえ周り道に思えても、あなたと、そしてあなたの隣にいる人を信じてあげて」
星がわたしの手に、暖かい掌を重ねてくれる。
――そうだ。
今は自分のことは信じられなくても、星のことは信じよう。
わたしは、強くその手を握り返した。
「二人のこと、信じているわ」
十萌さんが、慈愛に満ちた表情を浮かべる。
わたしには、それこそが女神の微笑みのように見えた。