第182話:攻撃的脳波・防御的脳波
「意識体のみで生きる”双子の地球”では、思考汚染ウィルスが広まる速度は、あり得ないほど早い。だからこそ、防御障壁としての”女神の盾”が不可欠になるわ。そのために、あなたの力が必要なの」
誰かに必要とされるのは、正直嬉しい。
世界を動かす天才達に囲まれて、自分の無力さが嫌になっていたから。
でも、『女神の盾になれ』なんて言われても、自分に何ができるのかさっぱり分からない。
そんな気持ちを正直吐露すると、十萌さんは一瞬驚いたような表情を見せる。
「……そっか。リンちゃんはまだ、自分がどんなに価値があるのかに、気づいていないのね」
そうは言われても、世界をその手で動かしている人たちの中で、わたしだけが、ホテルのバイトしかしてない20歳の小娘なんだけど……。
「そんなの関係ないわ。少なくても、今この世界に、ルカさんの精神干渉に抗える20歳は、世界にリンちゃんだけだと思うわ」
「精神干渉?」
「ええ、初めて会ったとき、やられたでしょ? 強烈な脳波を送り、相手の精神を支配する例のヤツよ」
――ああ。
確かに彼らに会ったとき、その脳波が入り込んでくる嫌な感触を覚えた。
ゾーンには入ることで何とか跳ね返せたけど、あのままだったら、本当に精神を支配されていたのかもしれない。
「それって、他の人にはできないことなんですか? 例えば、夢華とか」
三式島での脳波操作の成績は、彼女の方が圧倒的に良かったはずだ。
「ここらへんはまだ研究が必要なんだけど……。どうやら、脳波操作にも、”攻撃的な脳波”と”防御的な脳波”があるようなの」
――攻撃と防御の脳波?
なんだかゲームみたいな響きだ。
「”攻撃的脳波”というのは、ルカやジャイールがやったように、相手を支配しようとする脳波よ。一方で、相手から受けた脳波を跳ね返す力、それが”防御的脳波”と呼ばれるものよ。そして、リンちゃんはその防御的脳波を操る力が突出している」
「そ、そうなですね」
「一方で、夢華は、典型的な”攻撃的脳波型”ね。だから、普通に戦ったら、リンちゃんが夢華には勝てないでしょうね」
「な、ならやっぱり夢華の方がいい気が……」
「そうとも言えないわ。いうなれば、攻撃的脳波は”剣”で、防御的脳波は”盾”のようなものよ。もし、自分より強い剣、つまり攻撃的脳波を持っているものと対峙したら、最悪、相手の精神的支配を受けてしまう恐れがあるから」
ようやく分かってきた。
武器強化に全振りして、防具を全くつけなかったら、いざ攻撃を喰らったときにひとたまりもないってことか。
「でもそれと、わたしがインカ帝国の歴史や宗教を学ぶことと、何の関係があるんですか?」
「最悪の敵は、時に味方の顔をして現れて、心を支配しようとするからよ。12歳の時、カイさんが教団に誘拐された話は聞いた?」
「は、はい」
「あの時、カイさんを教団に引き入れたのは、彼が唯一、心を許していた”親友”だったわ。だからこそ、あのルカさんさえも出し抜いて、誘拐されてしまったの」
わたしは身震いする。
「リンちゃんの防御的脳波は確かに強力よ。だけど、それは相手を警戒しているときのみ発動する。例えば、”魂を支配する者たち”に知らず知らずに接近され、自分からその教義を受け入れてしまったら、手遅れになる。12歳のカイさんが、まさにそうされかけたように」
確かに、どんなに強固な盾を持っていたとしても、使わなければ、紙の盾も同様だ。
「じゃ、じゃあ、わたしはどうすればいいんでしょうか……」
でもだからと言って、近づいてくる人全てを疑うような一生は送りたくない。
――ちょっと、矛盾して聞こえるかもしれないけれど……と、十萌さんは言う。
「五感を総動員して、さまざまな歴史や思想、そして人に触れることよ。でも、そのときは必ず、打算なく、心から信頼できるひとと共に一緒にいなさい」
――心から信頼できるひと。
わたしは、隣に座る星を見つめた。
生まれたときから変わらない幼馴染の笑顔が、春風のような温かさとともに、心に染みてくる。
次の瞬間。
ふと、カイの顔が片隅に浮かんだ。
それは春に吹き抜ける涼風のように、わたしの心を撫でた。
わたしはそんな自分自身の気持ちに驚く。
わたしにとって、いつでも星が、心の一番大切な場所に輝いていたはずだった。
でも、いつのまにか、その場所の一部に、カイが入り始めていたなんて。
「さまざまな想いに触れ、時に失望し、それでもまた、何かを信じようと希求すること。その繰り返しによってのみ、”揺るぎない心の礎”が築かれる。その心の在り様を、双子の地球に具現化できたとき、最強の女神の盾が生まれるでしょう」