第179話:ペルーへ
2029年12月26日
イースター島は、既に夜の気配に満ちていた。
「あと5時間くらいで次の目的地、ペルーのホルヘ・チャベス空港に到着予定だ」
創さんが、飛行場で待機していたプライベートジェットに乗り込んだわたしと星に言う。
――ペルー?
もちろん名前くらいは知っているけど、今まで、ほとんど意識したことはない国だった。
「ペルーは、赤道の2000km以内にすっぽりとおさまっているんだ。高山地域を除けば、凍土化しないエリアも多い」
「国土の面積はどれくらいなんですか?」
「日本の3.4倍だよ。それに、人口は約3500万人と日本の三分の一以下だ。つまり、人口密度で言ったら日本の10分の1以下になる」
「それってつまり、移民を受け入れるだけの土地があるってことですよね」
「……とはいってもアンデス山脈もあるから、居住可能地域がそんなに広いわけじゃないんだけどね」
創さんが、機内のスクリーンに地図を投影する。
そこには、南米大陸をまるで背骨のように貫くアンデス山脈が描かれていた。
広大とはいえ細長いペルーは、国土のざっと30~40%がアンデス山脈に覆われているという。
――それに、と創さんは続ける。
「あの国も、複雑な”被支配”の歴史があるから、感情的にも、簡単には事は進まないと思う。それでも、やれるべきことはやっておきたいんだ」
「じゃ、、アフリカのときみたいに政治家との交渉が目的なんですか?」
知識も経験もない20歳のわたしは、アフリカ連合会議では、結局、何の役に立てなかった。
「僕はね。あっちで、日本政府の高官も待機しているから。けど、星とリンちゃんには、それとは別の大切なミッションがあるんだ」
――大切なミッション?
聞き返そうとしたところで、パイロットの声が機内に響いた。
「We will be taking off shortly, so fasten your seatbelt(間もなく離陸するから、シートベルトを締めくれ)」
わたしは慌ててシートベルトを締める。
パイロット席からこちらを見ていたベテランのパイロットが、親指をグッと突き上げる。
私も彼に親指を上げる。
Jackと呼ばれている白髪が混じった彼は、サングラスをかけると、鼻歌混じりに操縦桿を握る。スロットルを押すと、エンジンが震え出す。
一見すると陽気なおじさんだけど、パイロットとしての腕は確かだった。
聞けば、もともと戦闘機乗りで、いくつもの勲章を受けた伝説のパイロットらしい。
自動運転機能を搭載した最新鋭の機種とはいえ、万が一の事態には人力対応が必要となる。そんな緊急時にも対応できるパイロットとして、ルカがプライベートジェットごと手配してくれたのが彼だった。
飛行機が夜空に向けてふわっと浮く。
「ちょっとだけ、寄り道するぜ」
そうジャックは言って、操縦桿を切った。
飛行機は夜のイースター島を横断するように飛んでいく。
やがて、見覚えのある”巨人たち”が視界に入ってくる。
満天の星空の下に立ち並ぶ15体のモアイは、まるでわたし達の新たな旅路を見送ってくれているかのようだった。