第176話:村を守るモアイ
2029年12月26日 南米・イースター島
「一体、誰が、何のためにこんなモアイを造ったんですか?」
もちろん写真では見たことはあった。
けれど、目の前に聳え立つ巨大な石像群を目にしたとき、やっぱり月並みな感想が口に出てしまう。
イースター島のアフ・トリンギという、海に面した土地に15体ものモアイが整然と列をなしている。
創さんが、海風で飛びそうになる帽子を押さえながら教えてくれる。
「モアイは『祖先の霊』や『部族の指導者』を象徴しているという説が有力なんだ。彼らが海を背にして内陸を見ているのは、死後もなお、村や集落を守護するためだったと考えられている」
「そういえば、右眼島のヒナの部族も、『死後の世界で先祖たちと出会う』という伝承がありましたよね」
「ああ。そうした祖霊崇拝は、ポリネシア全域に広がっている。そもそも、ヒナという名前自体が、マオリ神話で言う、死と生命を司る女神の名前だしね。かつて、霊媒師だったヒナの祖母が命名したらしい」
「れ、霊媒師?」
日本の恐山とかにいると言われている、アレのことだろうか。
「霊媒師というのは、かつてはあらゆる国にいたんだ。かつての日本だと、邪馬台国の卑弥呼なんかが有名だ」
確かに、卑弥呼なら『漫画・日本の歴史』に出てきた気がする。
「でも、日本とイースター島って、1万キロ以上も離れてますよね。それでも、霊媒師って同じ役割なんですか?」
邪馬台国の時代、今みたいに各国が行き来をしていたとは考えづらい。
「”霊を媒介する存在”という意味では一緒だよ。ただ、時の流れの中で、日本ではもっぱら”人の霊”と媒介するようになったけど、ポリネシアは、”より大きい存在”との媒介者”になり続けていたんだ」
「”より大きな存在”……?」
「ポリネシアでは、霊媒師が土地や海の神々や、大自然そのものとも交霊していたとされている。だから、彼らはコミュニティー全体のリーダーとしての役割も担っていたんだ。モアイも、霊媒師の指揮の下、次々に建築されていったと言われている」
星も、前髪を風で逆立てさせながら言う。
「モアイが次々と建てられたのは、13世紀から16世紀と言われている。つまり日本でいう鎌倉時代から戦国時代のころだね」
――その時もまだ、霊媒師たちが政治の中心を担っていたと考えると、何だか不思議な気がする。
「日本の場合は、島国とはいっても、中国や韓国との行き来が存在していたからね。でも、イースター島は、最も近い大陸の南米大陸からも3000km以上離れているからね。偶然この島にたどり着けるのは、奇跡のような確率だ」
「当時の人々の考えが、もう少しよく見えてくる場所がある。車で案内するよ」
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「ここが、ラノ・ララクだ。いわば、モアイの”製造工場”だよ」
そう言って、目の前の無数のモアイを指差す。
そこにあったのは、先ほどの屹立したモアイとは異なり、小さかったり、造りかけだったりした、いわば未完成品のものたちだった。
「ここで石を掘り、加工した上で、各部族の住む村まで運ばれたと考えられているんだ」
「で、でもこんなに巨大なモアイを、どうやって自分の村にまで運んだのですか?」
「そこが、まだ解明されていない謎なんだ。なんせ、大きいモアイは数十トンもあるからね。とてもじゃないけど、人力では持ち上げられない。今のところ有力なのは、木々を地面に敷き詰めて、ローラーのようにその上を転がしたという説だ」
「すごい……昔の人も、色々考えているんですね」
「そうだね。でもこの、村を守るはずのモアイこそが、この島全体の人類を絶滅の危機に陥れることになったんだ」