第175話:キリストの血
「かつてこの島で起こった悲劇が、僕たちの未来に大きな示唆を与えてくれるだろう」
――イースター島で起こった悲劇?
もちろん、モアイくらいはわたしでも知っている。
でも島の歴史となると、全く分からない。
創さんは頷く。
「続きは、島の景色を見ながら話そう。あそこにしかない空気感を感じてほしいからね。それより今は……」
そう言って、創さんは、傍らに置いてあったバックから、茶色い陶器の壺のようなものを取り出した。
「ジョージアの友人がくれた、6000年前の醸造法で作られたワインだよ。今日は、星、カイ君、そしてリンちゃんが初めて迎える、20歳のクリスマスだから、特別に準備したんだ」
――あ、そういえば、今日ってクリスマスだったんだ。
時計に目をやると、確かに12月25日と表示されている。
とはいっても、もう午前零時まで、あと10分しかないんだけど。
ヒナが、やたらと繊細なガラス細工が施されたワイングラスを持ってきて、その赤い液体を注ぐ。
そして、ルカ、創さん、カイ、星、わたしの順に手渡してくれる。
「Blood of Christか。相変わらず、あらゆるものを取り込む国の民だな」
ルカが、皮肉なのか感心なのか分からない口調で、創さんに言う。
星が耳打ちしてくれる。
「キリスト教では、赤ワインはキリストの血だと言われているんだ」
「物語と象徴は、人類の団結には不可欠だよ。それが虚構であろうとなかろうと、人を幸せにできるなら問題はないはずだ」
創さんが、微笑みながらも、諭すように言う。
[それよりも、僕と君が出会った年に生まれた3人の子どもたちが、こうして立派に育ってくれたことを祝おう」
創さんはもう一つグラスを手に取り、そこに自らワインを注ぐと、それをヒナに手渡した。
ヒナは軽く会釈をしてそれを受け取る。
「え、ヒューマノイドって、お酒飲んでも大丈夫なの?」
わたしは思わず突っ込む。
「ええ、賓客によっては、お酒の相手もご所望される方もいらっしゃいますから。もちろん、体内に吸収はされませんが」
聞けば、水分を口から摂取すると、瞬間的に蒸発する仕組みのようだ。
せっかくのワインの味を楽しめないなんて、ちょっともったいない気がするけど、日本の大学生の”一気飲み”だって、味わっているかと言えばそうじゃない。
ある種の、連帯を高めるための儀式のようなものなのだろう。
創さんがグラスを傾ける。
「To the New World」
ちりんっという音を立てて、6つのグラスが交錯する。
計ったかのように、短針と長針が重なって、2029回目のキリストの誕生日が終わりを告げた。