第173話:”一なる女神”の候補生
「この氷河期到来のニュースが、一度世間に信じられたら最後、アメリカ世論は爆発する。そうなれば、全てを呑み込む雪崩のように、世界秩序が激変するだろう」
――そ、それって、つまり、アメリカが、凍らない領土を求めて、アメリカの南の方の国に戦争を仕掛けるってこと?
わたしは、思わずカイに尋ねる。
「経済と武力のカードを、どちらを先に切るかは分からない。が、確実に世界最強の軍事力という切り札をちらつかせてくるはずだ。覇権国というのは、例外なくそういうものだからな」
「南って、どこらへんに国だっけ?」
「手始めは国境が面するメキシコになる。だが、メキシコでさえも、国土の80%は凍土に覆われるんだ。だから、その後を見越して、中南米諸国にもその手を伸ばしていくはずだ」
「でも、世界の模範となるはずのアメリカが、そんなことをし始めたら……」
「アメリカの行動原理が、”世界の模範になること”であった例しはない。彼らの行動原理は唯一、”世界の中心であること”だ」
カイはが続ける。
「氷河期が到来すれば、凍らずに残る陸地は、”地球の中心”である赤道付近だけになる。であれば、世界の中心を奪おうと考えるのは、覇権国にとってはある意味当然の流れだ」
創さんは厳しい表情で頷く。
「ああ。だからこそ、南米諸国をまとめ上げなくてはいけない。この後、僕と星は、この後、ある島を経由して、南米大陸に飛ぶつもりなんだ」
わたしは、再びカイを見る。
「カイは、日本に戻るの?」
「いや、日本は十萌さんに任せてあるから、当面は問題ない。俺は、この島で、量子コンピューター開発と双子の地球の構築に専念するつもりだ」
さっき、新輪廻計画の実現のためには、四つもの技術的超越が必要だと言っていた。
人工頭脳、リアルアバター、双子の地球、そして量子コンピューター。
こんな研究を並行的に進めるなんて、世界広しと言えど、ルカとカイをおいて他にいないはずだ。
「リンはどうする?」
星が訊いてくる。
「わたしは……」
正直、カイのことは気になる。
ただ、どう考えても、わたしがこの島にいても、役立たずどころか、邪魔にしかならないだろう。
でも南米でなら、星や創さんのボディーガード役くらいにはなれるかしれない。
二人は、コミュニケーション力は半端ないけど、反面、腕力となるとからっきしだから。
「わたしは、星たちと一緒に南米に行く」
そう言って、わたしは両手でヒナの肩を掴む。
「カイのこと、お願いね。カイの代わりになれるのは、一の女神だけなんだから」
ヒナが、きょとんとした表情を浮かべる。
――こうしてみると、ほんとに人間っぽい。
でも、この会話をしながら、数千もの動物たちをリアルタイムで観察しているんだから、とても人間業ではないんだけど……。
星が、そんなわたしたちのやりとりを、じっと見つめている。
ロボオタクの彼にとっては、ヒナの一挙手一投足が興味部いのだろう。
「将来、ヒナみたいな、人と見分けのつかないヒューマノイドが大勢造られたら、どんな社会になるんだろうね」
そう、星に尋ねてみる。
「"人種間の違い"、というのが、今ほど気にならなくなるかもしれないね。今は、まず初めに『何人か』を気にしがちだけど、その前に『人間かどうか?』と考えるようになるだろうから」