第172話:侵攻
「見たいものしか見ないからこそ、人間は人間たりえているんだ」
カイのこの言葉は、わたしの心臓をまっすぐに撃ち抜いた。
あまりにも、図星過ぎたから。
転生先という”運命”を、人工知能になんて決められたくない――人類の大半がそう思うはずだ。人間に”神様のダイスを委ねたいと思うのは当然のことだろう。
”カイと離れたくない”という気持ちが、明らかにわたしから冷静さを奪っているのは、自覚はしていた。
――だけど。
同時にこうも思う。
「大切な誰かを、他の人よりも大事にしたいと思うことって、そんなにいけないことのかな」
わたしは、誰にも聞こえないように、ぽつりと呟く。
その言葉は夜の闇を彷徨い、やがて行き場を失って消えていく。
ぱぁぁぁぁん!
不意に、遠くで爆発音のようなものが聞こえた。
思わずその方角を見ると、右眼島の上空にかかる天の川銀河が、赤く染まって見えた。
「え、あれって?」
「無人偵察機が侵入禁止空域を超えてきたので、閃光弾で威嚇射撃をしたんです」
――は? え?
混乱するわたしたちに、ヒナが、焦る様子を寸分も見せずにさらっと言う。
「ドームに戻りましょう。あの中なら、万が一のことがあっても安全ですから」
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世界樹の頂上の部屋に戻ると、ルカと創さんが右眼島上空で、閃光弾に照らされた飛行物体を見ながら、何かを話し合っていた。
創さんが、わたし達が帰ってきことに気づくと手招きをする。
カイと星と一緒に半円卓のテーブルに座ると、ヒナが、人数分の紅茶を用意してくれる。
わたしは、飛行物体を指差しながら、カイに小声で訊ねる。
「あの偵察機って……」
「国籍は明かされていないが、恐らく合衆国のステルス機だろう」
紅茶に口を運びながら、創さんがルカに訊ねる。
「アメリカ合衆国が、公に動きだすまで、後どれくらいの猶予がある?」
「もって数カ月だ。まだ水面下で動いている状態だが、準備が整い次第、大統領令が発令されるはずだ」
そう言ってルカは、右指を動かすと、画面にアメリカ大統領と、その側近たちの肖像とデータが映し出される。そのどれも、ニュースで一度は見たことのある顔ぶれだ。
「現大統領は、前政権の反動で、今のところは国際協調ムードを打ち出そうとはしている。だが、例の急進派の存在もある。南米諸国がまとまらなければ、武力侵攻も否定できない」
――ぶ、武力侵攻?
わたしは耳を疑う。
アメリカが、他国に侵攻をしかけるなんて、あり得るのだろうか?
いや……と、わたしは思い直す。
2025年から始まった前政権は、平時にもかかわらず、関税を武器に、世界中に喧嘩を吹っかけていた。もっと極端なアクションに出る可能性だって、否定はできない。
「カイ、アメリカの国土の内、どれくらいが凍土化する見込みなの?」
カイは、即座に答えた。
「10年以内に、ハワイを除くほぼ全域、つまり国土の95%以上は凍土に包まれるはずだ」
――え?
「今はまだ、パニックを避けるために情報統制している状態だ。だが、この氷河期到来のニュースが、一度世間に信じられたら最後、アメリカ世論は爆発する。そうなれば、全てを呑み込む雪崩のように、世界秩序が激変するだろう」