第171話:人は、見たいものしか見ないからこそ
「え!? 数千もの動物やアンドロイドを、リアルタイムで見続けることができるの?」
わたしは驚きの声を上げる。
「ええ」
と答えながら、ヒナは、一瞬、きょとんとした表情を浮かべる。
まるで、”何が不思議なんだろう?”というかのように。
「すごい!」
案の定、わたしの前を歩いていた星が、会話に加わってくる。
「量子コンピューターと直結させて、人工頭脳がその負荷に耐えられるなんて……」
な、何だかわたしとは違う角度から、星は興奮しているみたいだ。
「ごめん、星。まず、その”量子コンピューター”っていうのがよく分かんないんだけど……。今までのスーパーコンピューターと比べて、何がすごいんだっけ?」
星は少し考えて、口を開く。
「すごくざっくり言うと、色々な仕事の並列処理を、スパコンよりも格段に速くできるんだ」
そう言って、夜空に浮かぶ動物のホログラムを指差す。
「例えば、あの猿が体調を崩したとして、多くの原因の可能性の中から、正しそうなものを探し当てるとってことはスパコンにもすぐにできる。でも、沢山の猿の群れ、ひいては森全体の動物が対象となると何十年もかかってしまう。それを、量子コンピューターは、数秒で同時にやっちゃうんだ」
確かに体調が悪くなった動物への対処法を、何十年後かに提案されても意味がない。
「じゃ、新輪廻計画に、量子コンピューターが必要っていうのは……」
カイが言葉をかぶせてくる。
「数十億人それぞれの転生先を探し出すのは、それこそ量子コンピューターの並列機能を使わない限り、100%不可能だからだ」
夜に、波音が響いた。
「だったら……」
ルカと創さんの前では、言い切れなった想いを、思い切って口にする。
「輪廻のことなんて、ヒナに全てを任せて、カイは自由になってもいいんじゃないの?」
だって、ヴィクラムの予言の歌にもあったはずだ。
『輪廻の環を回すのは、あらゆるものを全なる亡霊か、一の女神か』……と。
自分しかいないのならともかく、”一の女神”の候補者としてのヒナもいるのだ。
やがて老いる定めの人間より、人工頭脳とヒューマノイドボディーのヒナの方が、よっぽどいい気がする。
カイは、感情を敢えて排したような声で答える。
「日本ではまだ不可能ではないかもしれない。何と言っても、ドラえもんとか鉄腕アトムのお陰で、AIロボットのイメージがポジティブだからね。でも大多数の国では、自らの転生先を、人間でさえないAIに委ねてしまうことへの抵抗感は、想像できないほどに大きいはずだ」
カイが言っていることは、なんとなく理解はできる。
確かに、以前十萌さんに紹介してもらったAIの映画の大半は、”AIが人間に反逆し、やがて人間を支配を企む”という筋書きだったからだ。
それでもわたしは、諦めきれない。
カイの凄絶な過去を聞いてしまってからこそ、なおさらだ。
「でも、もしカイが、”全なる亡霊”の後継者になって、輪廻の環を回すにしても、結局量子コンピューターやAIの助けは借りるんでしょ? だったら一緒じゃない」
カイは、その瞳に、複雑な感情を称えながらも答える。
「確かに、多くの場合、大半の人間よりは、AIの方がよほど合理的な判断を下すはずだ。だけど、人は、合理性で生きているのではない。見たいものしか見ないからこそ、人間は人間たりえているんだ」