第169話:昏い世界の仄かな光
「ああ。教団は、目的のためには手段を選ばない。12歳の時、俺を誘拐し、”神の子”に仕立て上げようとしたように」
「へ!?」
――カイが、誘拐された?
突然の告白に、思わず変な声が出る。
「しかも12歳って、わたし達が日本で初めて出逢った歳だよね?」
「黙ってて申し訳なかったんだけど……」と創さんが神妙に言う。
「8年前のあの夏、カイ君をうちの泊めていたのは、教団の追っ手から逃れるためだったんだ」
――そうなの?
あの時は、『父親の会社が忙しいから』とかいう説明を真に受けていた……。
わたしは、暗い目をしたあの頃のカイのことを思い出す。
確かにはじめ、やたらと警戒されているとは思ってはいた。でも、まさかそんな理由があったなんて……。
カイが、重い口を開く。
「教団は、古代ギリシャの時代から、2500年もの間、歴史の影で活動し続けていた。彼らは自らが信徒だと公表をしていないし、キリスト教を隠れ蓑にしている人たちさえいる。だからこそ、そのネットワークの全貌は、誰にも把握できないんだ」
――確かに、教会に信者っぽい人がいたら、普通キリスト教徒だと思うだろう。
「ただ、彼らの影響力も、日本にまでは及んでいない。日本はクリスマスも元旦も祝い、お寺で先祖を祀ると言う、不思議なバランスを取っている、世にも珍しい国だからね」
――それに……、と創さんが続ける。
「それに日本でなら、九条家の庇護も受けられる」
「え、九条って……十萌さんの?」
「ああ、彼女の家系は平安時代から続く、神道系の名家なんだ。当然、宗教界にも顔がきく」
――そ、そうなんだ……。
何だか由緒正しそうな苗字だとは思っていたけど、理系女子然とした彼女の様子からは、ちょっと想像がしにくい。
カイが言う。
「8年前、俺は、彼らによって地下の教会らしき場所に拉致され、そこで、神秘主義的な儀式に参加させられていた。数人の子どもとともに、謎の薬物を強制的に投与され、頭が朦朧とする中で、延々と教義を聞かされたり、身体や脳の検査を受けさせられたりしていたんだ」
――ひ、ひどすぎる。
「でも、何でカイのことを……」
「奴らは、世の中で”天才”と呼ばれる子どもや良家の子女たちを、巧みにあるいは強制的に集め、その多感な時期に、人為的な神秘体験をさせる。それによって、彼らが大人になった後も、影響下に置こうとする」
ここまで来ると、洗脳以外の何物でもない。
わたしは、怒りで身体が震えてきた。
「そうして集められた子どもたちの中で、その時代で最も優秀な一人を、”神の子”の候補として育て上げる――。そうして見染められたのが、俺だったようだ」
――そんな非道なことが、この現代社会で許されるなんて……。
「もし、ファントムが、ヨーロッパ中の監視映像システムをハッキングし、俺の居場所を掴んでくれなかったら、完全に洗脳されたかもしれない」
カイの瞳が怒りの炎で揺らぐ。
「誘拐されて2週間後、特別精鋭部隊によって教団より奪還された俺は、安全な日本に連れてこられ、落ち着くまでの間、九条家に保護されていたんだ」
「その時に、十萌さんに会ったの?」
「ああ。遠巻きに同情ばかり投げかけてくる周りの大人に対し、十萌さんだけは、俺を一人の人間として扱ってくれたんだ。ま、もっとも、話題はたいてい人工頭脳やアバター研究のことばっかりだったけどな」
カイの瞳の怒りの炎が、少しだけ穏やかになった気がした。
唯我独尊のカイが、なぜか十萌さんだけには心を開いていたのは、そういうことだったのか……。
「そして、あの夏、星とリンに出会ってわけさ」
「あと、大量の日本のアニメにもね」
星が微笑みながら突っ込む。
「ああ。昏い世界に染められかけ、死さえも考えた俺に、星とリン、そしてアニメはたくさんの”新たな世界”を見せてくれた。この世界は、まだ救う価値があるんだと思わせてくれたんだ」