第168話 : どうぶつのことば
「7日目の死の間際に、ヒナの意識と記憶を、当時まだ開発中だった人工頭脳搭載のヒューマノイド、”H1”へと移植したのだ」
――そうか。
ヒナの反応が、人間に極めて似ている理由が、ようやく理解できた気がする。そもそも、彼女は人間だったのだから。
ロボ好きの性が抑えきれなくなったのか、星が喰い気味に質問してくる。
「ヒナの意識がヒューマノイドに移植されたのって、15年前ですよね? ということは、その間彼女の意識は消失せずに、保たれて続けているということですか?」
「確かに、広大な電脳ネットの海に”放流”するよりは、人工頭脳とヒューマノイドという、限定されボディーに閉じ込めた方が、意識の散逸スピードは遥かに遅い。だが、それにも限界はあるはずだ」
「つまり、アンドロイドにもまた、寿命があるということでしょうか?」
「今のところは……だがな」
そう言って、ルカは宙に浮かぶホログラムを操作する。
ヒナが、『森の保護者』の肩に掴まって、15メートルほどのヤシの木に実っているココナッツをもいでいる映像が映し出される。
画面がズームアップし、ヒナの口元にカメラが寄ると、彼女がゴリラに向かって何か言葉を発しているのが分かる。けれどそれは、低い、唸るような音で、人間の声とはとても思えなかった。
「あれは、ゴリラの言語だよ」
横から、創さんが言う。
「彼女は、この島にいるほぼ全ての動物と、何かしらのコミュニケーションを取ることができるんだ」
――え?
そんなことって、あり得るんだろうか?
「この島では全ての動物の一挙手一投足が、リアルタイムでデータベースに蓄積されている。ヒナは、それを読み込んで、音声を再現しているようなんだ。人間には声帯的に限界があるけど、ヒューマノイドなら自由自在だからね」
確かに、あの唸り声は、どう考えても人間には出せない音だ。
「人間でも、『他者につながる』ことによって寿命が延びるということを裏付けるデータは多いんだ。つまり、多種多様なコミュニケーションを取ることが、結果としてヒナの意識に刺激を与え、その寿命を延ばしているのかもしれない」
「さ、最近のヒューマノイドって、進んでるんですね」
わたしなんて、英語だけでも四苦八苦してるというのに……。
「いや、ヒナだけがなぜか例外なんだ。最新の人工頭脳を搭載しているはずの「K5」でさえも、そこまでの性能は有していない。だからこそ、彼女が存在が外部に知られたら、間違いなく誘拐されるだろう」
わたしは、三式島での悠くんの誘拐事件を思い出し、身震いする。
「でも、誘拐って誰に?」
「もちろん、あらゆる国の研究機関だ。だが、それよりも警戒すべきなのは、教団だ」
「あの、ドミナ……なんとかっていうやつだっけ?」
「Dominatores Animarumiという名が表している通り、彼らは、支配のために手段を選ばない。12歳の時、俺を誘拐し、”神の子”に仕立て上げようとしたように」