第167話:魂を支配する者たち
「この一連の伝染病は、”奴ら”によって仕組まれたバイオテロだったのだ」
全身を戦慄が駆け巡る。
一つの部族を根絶やしにするほどのテロだなんて……。
「一体、何のために……?」
わたしは思わず呟く。
「”奴ら”にとっては、実験に過ぎなかったはずだ」
「”奴ら”って、一体……?」
カイが言っていた”更なる大きな敵”というのは、もしかしてその”奴ら”ことなのだろうか?
僅かな沈黙の後、ルカは凍てつくような声で言い放った。
「Dominatores Animarumi。紀元前6世紀前に成立した、オルフェウス教団に源流を持つ組織だ」
――ドミナトーレス? オルフェウス教団?
分からない単語が多すぎて、全く頭に入ってこない。
そんなわたしに、創さんが解説してくれる。
「オルフェウス教団は、『魂と肉体の二元論、輪廻転生、来世での救済』を教義としていた2500年以上前の、古代ギリシャの教団だよ。Dominatores Animarumiは、ラテン語で『魂を支配する者たち』という意味で、そのオルフェウス教の流れを汲んでいるんだ」
……ぶっちゃけ、説明を聞いても全く分からない。
「でも、そんなに長く続いている宗教なのに、あまり知られていなんですね」
「その後のヨーロッパの宗教の主流は、キリスト教になったからね。ただ、多神教の彼らは、ずっと歴史の影に隠れて存在し続けていたらしい」
カイが怒気を孕んだ口調で言う。
「奴らは科学を濫用し、デジタルツインの住人の意識をハックし、あらゆる宗教を塗り替えようとしているんだ」
デジタルツイン……。
つまり、世界の人々の意識がアップロードされる”新世界”に、統一宗教を強制的に埋めこもうとしているのだろうか。
「でも、あらゆる宗教を塗り替える……って、そんなこと可能なの?」
世界宗教と呼ばれる、キリスト教、イスラム教、仏教でさえ、そんなことはできなかったはずだ。
「まさにそれが右眼島で起こったことだ。奴らは、ウィルスという科学兵器を用い、脳をハックしようとしたんだ。先祖の姿という幻影を見せることによってね」
「え、じゃあ、ヒナの部族の人たちが、先祖の霊に出会ったっていうのは、このウィルスが引き起こした夢みたいなものってこと?」
「断言はできない。だが、状況証拠がそう物語っている」
カイがそう言って、指を動かすと、今度は目の前の画面に、脳波の映像が映し出される。
「これは、手術室に運び込まれた当時の、ヒナの脳波パターンだ。視覚野と前頭前皮質の過剰活性化、そしてドーパミンの増加が顕著になっている。これは、特定の種類の麻薬によってもたらされる症状に酷似しているんだ」
「確かに、”天国を見た”っていう麻薬摂取者は多いけど……けど、ウィルスでそんなことができるなんて――」
「実際には麻薬よりも遥かにタチが悪い。なんせ、たった7日間で、確実に死に至るんだからな」
カイが吐き捨てる。
「じゃあ、ヒナは……」
ルカが口を開く。
「ワクチン開発は到底間に合わなかった。だから、7日目の死の間際に、ヒナの意識と記憶を、当時まだ開発中だった人工頭脳搭載のヒューマノイド、”H1”へと移植したのだ」