第166話:陰謀
「左眼島の浜辺で目覚めた時、私は自分の身体の異変に気付いていました。脳が、燃えるように熱く感じていたからです。それは、まさに姉が言っていた伝染病の初期症状にそっくりでした」
ヒナがこめかみを抑える。
「遅かった……。私はそう悟りました。この島の住民が誰であろうと、未知の病を伝染させるわけにはいきません。だから私は、打ち上げられたボートの傍らで再び目を閉じました。誰にも会わず、ここで静かに命を閉じようと決意したのです」
――わたしは、どこか漫然と生きていた18歳の時の自分を思い出す。
どういう人生を歩めば、こんな心境に至れるんだろう。
「それから何時間ほど経ったのかは分かりません。わたしは、夢の中で、暗い洞窟の中を歩いていました。そしてその先に、眩い光のようなものが見え、そちらに向かっていこうとしたとき――。不意に私の体が、強い力で持ち上げられたのです」
「初めはそれが夢なのか現実なのか、判然としませんでした。ただ、明らかに人間でない黒くて太い腕や、首筋に感じるふわふわとした体毛の感触が、こちらこそが現実だと物語っていました」
そこまで言うと、ヒナは歩き出し、ぼんやりと浮かび上がるゴリラのホログラフに触れた。
「それが、この子、Ngahere Ruru」だったのです」
――ンガヘレ……?
聞き覚えのないことばに思わず戸惑う。
「ンガヘレ・ルルというのは、私たちの言葉でいう『森の保護者』という意味なんです。ゴリラは、聡明な上に、人の10倍もの力を持っていますから。すぐ気を失ってしまったので、それが、ルカ様が操るアンドロイドだったってことに気づくのは、ずっと後になってからですけど……」
ルカが言葉を継ぐ。
「ヒナが運ばれてきた時点では、病はまだ初期症状だった。だが、ヴィクラムの知識を得た私にさえ、その症状を目にしたことは一度もなかった。世界中の医療データベースをハックしてさえ、同様の症例は見当たらなかったのだ」
宙に、18歳のヒナと思われる女性が、手術台に上に横たわる映像が流れる。
赤く火照った顔に、大粒の汗を滲ませながらも、何かをずっと呟いている。
明らかに高熱を発しているにもかかわらず、その表情には微かな笑みさえ浮かんでいる。
「この時の私は、ずっと夢の中で、祖父母や両親、そして姉と会っていたんです。他愛もない話を言い合い、笑っていました。もしかしたら、ここが天国ってやつなのかなって……」
ルカが言う。
「病の原因を究明するため、右眼島にドローンを飛ばし、状況を把握しようとした。ドローンの映像に映し出されていたのは、全身を防護服に身を包んだ男たちが、村があった場所をくまなく消毒し、百体もの遺体をどこかに移送しようとしている姿だった」
――え?
ま、まさか……。
「この一連の伝染病は、”奴ら”によって仕組まれたバイオテロだったのだ」