第165話:大渦
「100名ほどの小さな部族だった私達は、森の一部を開拓し、井戸を掘り、小さな村を形作って暮らしていました。狩りも、漁も、農作も、何もするにも一緒です。だから、伝染病が発生したときも、なす術もありませんでした」
「で、でも、どうしてヒナだけは無事だったんですか?」
わたしは疑問をストレートにぶつける。
「18歳になった日から二週間、聖なる洞窟に籠って断食するという習わしがあったからです。そして、まさにそのとき、村で病が発生したのです。断食を終え、ふらふらになった私を待っていたのは、横たわる家族や仲間たちの姿でした」
その凄惨な情景が脳裏に浮かび、わたしは思わず口を抑える。
「パニックになった私は、まず家族の下に走りました。家に着くと、父と母は既に息絶えていました。でも、その隣の姉は、熱病にうなされながらも、まだ息をしていたのです。私は、独り言のように何かつぶやいていた必死で姉を起こしました」
人工音声のはずなのに、ヒナの声が心なしか震えているように聞こえる。
「姉は、暫くの間、虚ろな表情を浮かべていましたが、私の顔を見ると、はっと目覚めたような表情を浮かべ、私をぎゅっと抱きしめました。そして話してくれたのです。原因不明の病が、あっという間に村全体を飲み込んでしまったことを」
――ただ……ヒナは言いよどむ。
「不思議だったのが、私達の両親は二人とも、どこか満ち足りたような表情をしていたのです。姉は言いました。両親は、こう言い残して、死出の旅路に出たのだと」
『ラウニカから、先祖たちの霊が迎えにきてくれるんだ。私達も一足先にあちらで待っているから、心配することなんてないんだよ』
「姉自身も、ついさっきまで、意識の中で、おじいちゃんやおばあちゃん、そして亡くなったばかりのはずの両親と出会っていたそうです。それは、夢としてはあまりに鮮明で、現実としか思えなかったと言っていました。そして数時間後――。彼女は再び眠りにつき、二度と目覚めることはありませんでした」
「ほ、他の村人たちはどうなったのですか?」
わたしはヒナに訊ねる。
「両親と同じく、みな、どこか弛緩したような表情で息絶えていました。まだ辛うじて生きている人もいましたが、誰も、私の呼び声に答えてくれませんでした。断食で衰弱した私の身体は限界を迎え、そのまま倒れてしまったのです」
「再び目覚めた時、わたし以外、誰一人として生き残っていませんでした。この島から脱出しなければいけない――そう私の本能が強く警鐘を鳴らしていました。だから、わたしはカヌーを引っ張り出し、左眼島へと漕ぎ出したのです」
創さんが言う。
「左眼島と右眼島は、距離にして10kmほどだけど、その間には複雑な海流が行く手を阻んている。だから、小さなカヌーで渡るのは、命の危険を伴うんだ」
ヒナが頷く。
「叩きつけるような強風と、激しい海流に翻弄され、わたしのカヌーは、まるで木の葉のように揺れていました。それでも必死でオールを漕ぎ続け、ようやく右眼島が見えた時、大波に呑まれて転覆し、水底へ呑まれていったのです」