第164話:伝染する病
――”意識と記憶”を有するヒューマノイド?
わたしは思わず、ヒナを見つめると、彼女の大きな瞳が私を見つめ返す。
確かに、見た目は人間そっくりだ。
けれど、そんなことがあり得るのだろうか?
星の声が上ずった声で訊ねる。
「もしかして、人工知能が、自律的な意識を持った――ということですか?」
ルカは首を振る。
「違う。AIが意識を持ったという事例は、まだ一例たりとも確認されていない。それらしく振舞っている事例は、山ほどあるがな」
「では、ヒナの意識と記憶は、一体どこから……?」
「右眼島については聞いているか?」
ルカが、星に問い返す。
「名前だけは……」
わたしは、ついさっき、飛行機の窓からみた光景を思い出す。
私達がいる「左眼島」と対をなすように、ほとんど同じ大きさの「右眼島」が海に浮かんでいた。
でも、創さんはこう言っていた気がする。
『右眼島は、すでに完全な無人島だから』と。
ルカが口を開く。
「15年前までは、あの島にも100人ほどの部族が住んでいた。ヒナに宿っているのは、その最後の生き残りの少女の意識だ」
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「2014年、ヴィクラムが私への”意識移植手術”を終え、この島から去って間もない頃だ。ある奇妙な伝染病が、右眼島を覆い尽くし始めたのは……」
ルカが、抑揚のない声で語り始める。
「その病に罹患した患者は、7日間の間、高熱に苦しめられる。だがその間、様々な幻想を見るらしい。ただ、共通していたのは、死後の世界を見た――というものだ」
――し、死後の世界?
なんだか、急にオカルトめいてきた。
「彼らの宗教では、現世はあくまでも仮の世界に過ぎず、亡くなると”ラウニカ”と呼ばれる死後の世界に行くと言われている。そして、彼らは約7日間の間、高熱にうなされながらも、そのラウニカで、先祖の霊と語り合っていたという」
「そしてちょうど7日後、彼らはまるでぷっつりと糸が切れたかのように、この世から去ってしまう。外部文明と接触するのが、月に一度、他島からの交易船だけだったというのも災いした。彼らは、外の世界の誰にも気づかれないまま、絶滅の危機に瀕していたのだ」
「な、なら、ルカさんはどうして気が付けたんですか?」
わたしの問いに、
「この先は、本人が語るべきだろう」
と言い、ヒューマノイドに目配せをする。
ヒナは、まるで人間のような悲し気な表情を浮かべながら、口を開いた。
「私が、ルカ様に伝えたのです。死の縁を彷徨いながらも、どうにかこの島にたどり着いたときに」