第163話:継承者
「”全なる亡霊”という器は、継承され続けなければならない。次の世代にも、その次の世代にも」
ルカの言葉に、思わずわたしはカイを見る。
鎌倉・報極寺でのみんなとの最後の一夜のことが、脳裏を過る。
「カイは、誰かと一緒に一生を過ごしたいって、思ったことはないの?」
そう訊ねたわたしに、カイはその瞳に諦念を湛えてこう言った。
『そう願ったことがないと言えば、嘘になる。だが、既に誓約は交わされてしまったんだ』
「もしかして、あの時言ってた誓約って……」
カイが静かに答える。
「ああ、次なる”全なる亡霊”として生きる――。その誓いだよ」
無数の”先人たち意識”を受け入れ、輪廻の環を回し続けることに生涯を捧げる――。
何より、今ある記憶さえも、失われてしまう恐れさえある。
人類を救うためとはいえ、あまりに過酷すぎる。
いくら天才であっても、どんなに大人ぶっていても、カイは、わたしと星と同じ二十歳に過ぎないのだから。
「カイは、それでいいの?」
わたしは、その双眸をまっすぐ見据え、カイに訊く。
沈黙が流れる。
―――できるものなら、誓約なんか投げ捨てて、わたし達と一緒に生きてほしい……。
そう、痛いくらいに願いながら、わたしは彼の答えを待った。
けれど、彼はただ首を横に振った。
「スカルを倒すために、誓約を受け入れたあの時、ファントムの意識が流れ込んできたんだ。その時ようやく悟った。人類を、そして俺自身を守るために、今まで父さんが、どれほど多くの相手と戦ってきたのかを」
まるで自分自身に言い聞かせるかのように、カイは言う。
「これから先は、更なる大きな敵との戦いになるだろう。その戦いから、自分だけ逃れるわけにはいかない。その過程において、俺という意識が消えてなくなろうとも」
その覚悟は波動となり、わたしにも伝わってくる。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
わたしは、何度も繰り返し、すっかり覚えてしまった一節を口にする。
"Taṁ cakkaṁ pavatteti, kiṁ sabbaṁ saṅgahita-bhūto vā eka-bhūtā devī vā?"
その環を回すのは、あらゆるものを全なる亡霊か、一の女神か。
わたしはルカに訊ねる。
「この”一の女神”って、どんな存在なのでしょうか?」
――もしこの女神とやらが本当に存在し、彼女が輪廻の環を回せるのであれば、カイもまた、”ダイスを振る者”としての責務から解放されるのではないだろうか?
「その定義と真意は、予言した者のみが知ることだ」
――だが、とルカは続ける。
「それに近い概念の者は存在する」
そう言ってルカが指を動すと、ホログラムが、中空に展開される。
そのホログラムには、見覚えのある顔が投影されていた。
「世界で唯一の、”意識と記憶”を有するヒューマノイドであり、”一の女神”に最も近い者……。それが
がヒナだ」