第161話:神様のダイス
「もしこのまま新世界に突入すれば、人工頭脳も、リアルアバターも、一部の資本家が独占し、貧しきものは見捨てられるだろう」
ルカの言葉が重くのしかかる。
――考えてみればその通りだ。
お金を持っている人は、まるで服を着替えるかのように、アバターを複数台持つだろう。
更に、アバターを何千、何万と買い占め、それを高値で売り払う輩も現れるかもしれない。
そうなると、まさにこの資本主義社会で起きている通り、貧しきものが切り捨てられかねない。
「一体、どうすれば……」
わたしは思わず呟く。
「もちろん、僕とルカが20年間にわたって、議論を戦わせ続けているところなんだ。資本の原理によらない形で、人工頭脳やアバターを適正に分配するには、どうしたらいいのかってことをね」
創さんが続ける。
「まず候補に挙がったのが、”宗教の教義”に則るというパターンだ。実際、多くの現行宗教では、①『善行』をしたら、来世に、素晴らしい生に生まれ変われる。あるいは、②死後、素晴らしい死後の世界に行けるということ約束しているからね。ただ、ここで問題となるのは、”善行の定義をどう定めるのかってことなんだ」
隣で、星が深く頷く。
「そうか、宗教ごとに教義に違うから……」
「ああ。例えば、キリスト教では、『イエスの教えを反映する愛と奉仕の行為』だし、イスラム教では『ハサナート」という、アラーを喜ばせる行動』、仏教では、『八正道に従い、慈悲と知恵を促進する行動』とされている。つまり、善行の定義は、それぞれの宗教によって異なっている」
創さんはわたしの目を見て訊ねた。
「そんな中で、仮に『特定の宗教の定義における善行を積んだものだけが、人工頭脳やリアルアバターを手に入れられる』となったら、どうなると思う?」
――そうか。
ようやく理解できた。その先にあるのは、恐らく宗教戦争だ。
双子の地球という”新世界”でも、過去の人類社会と同じ悲劇が起こると考えると、背筋が冷たくなる。
「神はダイスを振らない。だからこそ、誰かがその役目を担わなければならない」
ルカの声が響いた。
……サイコロを、振る?
創さんが言う。
「ルカはこう言っているんだ。資本の原理も、宗教の教義も一切関係なく、完全にランダムに、人工頭脳やリアルアバターを分配すべきだと。まるで、サイコロを振るかのようにね」
つまり、全ては完全に運だということか。
正直、ちょっと、ドライすぎる気もする。
だけど、そもそも無宗教の人もいることを考えれば、一番公平といえば公平なのかもしれない。
「けど、僕の意見はちょっと違う。どんな宗教、そして民族にもたった一つだけ、共通の価値観があるんだ」
「え、そんなもの、ありえるんですか?」
創さんはいつもの笑顔で言い切った。
「人類最大の発明。それが、”愛”だよ」