第160話:技術的超越
「ああ。電脳ネットにアップロードされた人類一人ひとりの意識を、”新たな別の頭脳”へとダウンロードする――。それこそが、新輪廻計画と呼ばれるものだ」
ルカの言葉を聞いた星は、声を弾ませながら、カイの背中を叩く。
「そっか……。そのために、人口頭脳搭載のアバターを開発していたんだね」
確かに、カイが私たちをバイトに誘ったとき、こう話していた。
――『研究所で、人工頭脳を搭載した、世界初の実体を持つアバターを生み出したい。アイロニクス社の技術と資金を、全力でぶちこんでね』と。
「で、でも、意識をネットにアップロードするって、怖くない?」
今でさえ、ハッキングや脅迫事件が絶えないインターネットに、”自分の意識”をアップロードして、犯罪者に乗っ取られてしまったらどうするんだろう。
カイが言う。
「確かに、現状のパスワード認証では、セキュリティーなど存在しないに等しい。だからこそ、アイロニクスのカスタマイズAI経由で、光彩認証アクセスすることで、本人認証を担保するんだ」
確かに、パスワードだったら、いくらでもマネができる。
ただ、まるで家族のように、ほとんど毎日接している、カスタマイズAIなら、わたしのことを間違いなく認識してくれるだろう。
「アップロード先は、双子の地球ってこと?」
星の問いに、カイが頷く。
「”身体性”、そして”他者との繋がり”を持たない意識は、やがて減衰していってしまう。だからこそ、そのデジタル上に、この世界と同じ双子の地球を再現しようとしているんだ」
確かに、火龍の舞のためにデジタルツインに入ったとき、その没入感に圧倒された覚えがある。
普通に暮らすこともできれば、魔法のように瞬間移動もできるあの世界なら、充分に刺激的かもしれない。
「デジタルツインでなら、ずっと意識を保てるの?」
カイは首を振る。
「デジタル上でどんな刺激的な空間を生み出し、他者との繋がりを生み出しても、身体性がなければ、やがてその刺激に慣れてしまう。個体差はあれど、10年程度で消滅に向かうだろう。だからこそ、人工頭脳を搭載した”個体としてのアバター”に、意識をダウンロードすることが必要となんだ」
「ま、間に合うの?」
あと10年の間に、地表の8割が氷河に覆われるのだ。
カイの表情が曇る。
「正直、まだ分からない。新輪廻計画を実現するためには、4つの超えるべき技術的障壁があるんだ」
そう言って、空中に投影されたブラックボードに、文字を書き連ねる。
①意識の受け皿としての「人工頭脳」
②身体性を持たせるための「リアルアバター」
③他者と繋がる空間としての「双子の地球」
④意識情報を並列処理するための「量子コンピューター」
「これらを10年以内に実現させるためには、超越的な技術進化が必要になるんだ」
ルカの声が響いた。
「テクノロジーの進化は、汎用人工知能がいずれ成し遂げる。だが、それ以前に、人類そのものが変化しなければならない。もしこのまま新世界に突入すれば、人工頭脳も、リアルアバターも、一部の資本家が独占し、貧しきものは見捨てられるだろう」