第159話:意識の奔流
「君なら、彼女の資質に、とっくに気づいているはずだ。だから、君の口から話してほしい。新輪廻計画のことを」
創さんの言葉に、ようやくわたしは我に返る。
新輪廻計画……。
そうだ、わたしは、その予言の謎を解きに来たんだった。
わたしは、再びルカを見る。
その瞳が、更に深くなった気がした。
いつものわたしなら、ここで踏みとどまっていただろう。
けれど、今のわたしには迷いはなかった。
あるいはこれもまた、ヴィクラムの針のせいなのだろうか。
なにか、使命感のようなものに突き動かされるように、わたしはこう尋ねた。
「ヴィクラムは、死の間際に、わたしにこう言いました。『亡霊に、ルカ・ローゼンバーグに気をつけろと』。あなたは、一体、世界に何をしようとしているのですか?」
そう言って、わたしは、ヴィクラムの遺した手記を、ルカに手渡す。
彼は、手記をぱらぱらとめくると、最後のページに目を止めた。
そのページには、電脳の海に消えゆく”ヴィクラムの意識”を、亡霊の脳に移植するところで途切れていたはずだ。
ルカの表情が、ほんの一瞬だけれど、懐古のような色を帯びた気がした。
それを机の上に置くと、やがて口を開いた。
「話すとしよう。ヴィクラムの手術の顛末と、新輪廻計画のことを」
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「”ヴィクラムの意識”が、私の脳に移植された瞬間……。全身麻酔下で無意識にあったはずの私の脳は、確かにそれを認知していた。そう、それはまさに天啓とでもいうべき瞬間だった。人知を超えた存在に、直接働きかけられてきたような、そんな恍惚感さえ覚えたのだ」
……わたしもかつて一度だけ全身麻酔をしたことが一度だけあった。
けど、その時の記憶は全くない。
「だが、そんな恍惚感は一瞬のものだった。その後訪れたのは、全てを飲み込むような意識の津波だった。まるで荒れ狂う大嵐の大海で、一本の細い枝につかまっているかのような、そんな感覚を覚えた」
「私は、かつて私自身のものだったはずの意識が巨大化し、私を飲み込もうとしていたように感じた。私はその枝に縋り続けていた。もし、その手を離したら、私は永遠に無意識の暗闇に閉じ込められる―――そんな予感がしたからだ。実際に、術後の三日三晩、麻酔はとうに切れているにもかかわらず、私は目覚めなかったらしい」
わたしは、ジャイールに初めて会ったときのことを思い出す。
彼の脳波がわたしの心に入り込んでいてく、あのぞわっとする感触。
あの時は、ジャイールが手加減をしてくれていたからまだよかった。
けれど、もし何百人もの容赦ない他人の意識の嵐に、三日三晩も晒されたとすると、とてもじゃないけど、正気を保てるとは思えない。
「そんな中、どうやって、意識を保ったのですか?」
わたしはルカに訊く。
「『人類救済』という呪いに、逆に救われたんだ」
――救済という呪い?
それは一体、どういうことだろう。
「様々な宗教家の意識が流れ込んでくる中で、やがて私は、根底に流れる”想念”を感じ取っていた。つまり、『人類を救うべき』という、ほとんど脅迫観念に近い信念だ。信じる形は違えど、その点は一致していたからこそ、かろじて自分の意識を保つことができた」
「その意識は、今もあなたまだ、あなたの中に残っているのですか?」
そう、わたしは尋ねる。
――仮説にすぎないが……とルカは言う。
「恐らく、主たる私の意識の中に、溶け込む形で存在しているはずだ。逆に言えば、一つの器の中では、複数の意識は、時間とともに統合の方向に向かっていく。電脳ネットの中で、私の意識が、ヴィクラムの意識を吸収したように」
星がルカに問うた。
「つまり、人の意識を電脳ネットにアップロードしても、個別の器がない限り、やがて一つの意識に統合されてしまうということでしょうか?」
「ああ。人類一人ひとりの意識を、”個別の新たな頭脳”へとダウンロードする――。それこそが、新輪廻計画と呼ばれるものだ」